第11章 斎児ーいわいこー
「あなたはサクが可愛いのだな」
思ったままに言うと路六は小さな頭を掻いて、引きずっていた尻尾をぴたぴたと鳴らした。
「ちっちぇ頃からちょろちょろ見かけてたからなぁ。無理の川の元はこの山ん中だからよ。その山を司るムレのとこに居たら、そら俺らと関わらないじゃいられねえし、そうなりゃ情も移るってもんだ」
知らずと口元が綻んだ。サクはさぞ愛くるしい童子だったことだろう。
「小さなサクは可愛かったろうな」
「まぁな。けど、子供がこんな山にまともな遊び相手もなしにぽつねんとしてりゃ見てるだけでも寂しいもんだぜ?」
「ああ…」
「いくら俺らが可愛がってもムレが良いようにしてやっても、やっぱり人と話したり遊んだりしてぇもんらしくてさ」
この山奥ではそれも叶うまい。よくて猟師に行き合うくらいのものだろう。しかし路六は首を振った。
「前はよ。ここらにも猟師じゃねぇ人も入ってたんだ。麓の海辺の女が、たまさか生計(たつき)の足しに山のもんを採りに上がって来てた。来れば何日か逗留してサクと遊んでやってたっけ。そいつが来てるうちはサクの奴も里の話を聞くだけで満足してたんだが、居なくなってからだな。やたら里へ下りたがるようになったのは。あれでサクは人里の出だからなぁ。やっぱり人恋しくなっちまうのかね」
この山奥まで足を伸ばすとは物好きな。
しかしその物好きの話を、サクは我を追い出した里を懐かしむ縁(よすが)としていたのだろう。小さなサクがぽつねんと小屋でもの思いしていたと考えると、胸が塞いだ。
「その人は今?」
「嫁に行ってお見限りさ。まともに海働きにも交ぜちゃ貰えねぇ村八分の身の上だってんで、それで海のもんのくせに山で暮らしを立ててたくらいだ。ここらは居心地が良かねぇんだろう。暇(いとま)を言いに来て、それきり顔を出さねえ」
ああ。思い出した。サクがそんな話をしていた。海っ辺りの腫れ物とは、この話の女性のことだろうと見当がつく。
「その人もサクに稼ぎ口の話を持って来ていたのだな?あなたと同じように」