第11章 斎児ーいわいこー
水神の眷属でも山の神が怖いのかと、そう思っても気が楽になるものではない。だったら物騒な話をしないで欲しい。
「まあ歩めよ。無理が待ってるからな」
ぐずつく足を地べたから引っ剥がし、引かれるまま重い足取りで路六の後を歩く。
「ムレも怖えが無理だって怒らせりゃ怖ぇ。その上うちの水神様は気紛れだ。下手すりゃムレより気難しい」
路六がそう言うのを聞いてますます足が重くなる。
「けど機嫌が良けりゃおっかねぇこたねぇ。気に入られりゃ泊まってけって言われるかもな。今あいつは山の祠で退屈してるからよ。意外に世話好きなとこもあるんだ、無理は。たまのことだけどな。もしかしたら今日がそのたまの日かも知れねえし、だったらいいな、厂暁?」
そんな心許ない守り立て方で贔屓の引き倒しをされてもこっちは有り難迷惑なだけだ。一体誰が水神と差しで一晩過ごしたいものか。剃髪した身でこういうのも何だが、そんなことをしたら一夜で白髪になってしまうに違いない。
「おめぇはよ、サクをどう思う?」
渋々ながらも歩み出した私に足を止める気配がないと判断したらしい路六は、袖を引いていた手を離した。
「どう…と言われても…」
「サクは山と里、どっちに居たらいいもんかよ?」
「あなたはどう思う?」
聞き返すと、路六は歩きながら腕を組んで、溜め息を吐いた。撫で肩の後ろ姿が、考え深げに吐き出された深い吐息で大きく上下する。
「俺はよ。サクに里を見せてやりてぇんだ。街場のふわふわ受かれた空気も吸わせてやりてぇ。山じゃ見れねえ珍妙なもんも見せてやりてえ。年頃の子供が山で物の怪や山の神なんか相手に炭を焼いてしんみり暮らすばっかりなんて可哀想じゃねえか。道理の言うように人のとこへ帰れとは言わねえ。寺の世話になって生きろとも言わねえ。あの成りのサクにゃどっちも酷なことになんのは目に見えてるもんな。でも手前で汗水垂らして稼いだ銭でちくっといい目を見るくれぇ、さしてやりてえなって思うんだ」
「里で遊ばせてやりたいということ?」
それは恐らくサクの望むところ。この世故長けた大獺はサクの気持ちを分かっているらしい。
「悪いことじゃねぇだろ?サクはよ、山に来てからこっち、何だかんだせっせと励んでやって来たんだ。ちょっとばかり楽しんだって罰は当たんねぇ筈だ」