第11章 斎児ーいわいこー
いずれにしても三男坊が出家するのは珍しい話ではないし、人には見えないもの聞こえないものに関して口を閉じることを覚えた私は、凡庸な坊主であった筈だ。
ただ、不思議に口を閉ざせても、思ったことをぽろりと溢し舌禍を招くこと、気持ちに蓋をすることは覚えられなかった。その点で悪目立ちしていたのは否めない。結果それでこうした羽目にもなった。情けなくも腑甲斐無い話である。
「私は破戒坊主だから」
何度これを言わねばならないのかと、我ながら呆れつつ他に言う言葉もない。
「うん、まともな坊主はこんな山の奥にゃ来やしねえやな」
あっさり同意された。確かにその通りだ。
山伏でもあるまいし、ただの僧都がそうそうこんな山を越えるものではない。廃仏毀釈の罷り通る時勢故にまるでないとも言えないだろうが、そこまで物騒な目に遭う僧都がうようよいるとも思えない。
「訳ありなのは分かってんだ。だから道理もおめぇに声をかけたんだろ」
「…だから?」
「道理はサクを山から下ろした方がいいと思ってる。里に戻って人に馴染んでいくべきだってな」
「…はぁ…」
厭な予感がした。
「気の抜けた返事をすんな。道理はよ、おめぇにサクを里へ連れて下りて貰いてえってんだよ。山を越えてまた違う寺に行くんだろ?そこへサクも連れてってやれって」
「待ってくれ。それは無理だ」
「無理の話じゃねぇよ。道理の話だ」
「その無理じゃなく」
「じゃどの無理の話だ?」
「……」
足が止まった。腰を伸ばして梢を見上げる。葉擦れはしない。目を右に左に、見回しても赤い着物の童女の姿はない。それでも体の強張りは抜けなかった。根が生えたように立ち尽くし、息を殺す。
恐らくはムレがみせたのだろう朝方の夢の、見たもの聞いたもの触ったもの、そして噛んだものが、生々しく蘇った。ムレを怒らせたくない。
手前など生きていてもと思い詰めていたくせに、怖い思いをして恋しい女を懐かしんだらば、途端に命が惜しくなる。全く仕方がないが、正直な話だ。
山の神の障りは、多分思うより恐ろしいだろう。神に祟られるのは真っ平御免だった。
「安心しろ。ムレにゃ聞こえてねぇよ。足を止めんな。腰を屈めろ。耳を澄まされちまうぞ」
私の怯えを察した路六が声を潜めて袖を引いた。
「何でこの道を選んだと思ってんだ。俺だって山神に睨まれるのはご免だからな」