第11章 斎児ーいわいこー
髭についた羽虫をピンと撥ねて、路六はまた背中を見せて歩き出した。
「だから俺は大体人をあんまり信用してねぇ。人形のときにしか人にゃ会わねぇから仕方ねえって言ったらそれまでだが、それを別にしてもあんまり信用出来ねぇんだよな」
ではサクは?と聞きかけて止める。答えを知るのが何がなし怖くなったから。
「まして面と向かって手前の話も出来ねぇような奴は信用出来ねえ。人に化ける俺が言うことでもねえが、手前を偽るような奴はまず碌でも無えからな」
路六がのんびり話を続ける。
人当たりのいい穏やかな声で話していても、路六がこっちを油断なく探っているのがわかった。背中を向けられてはいるが、目を覗き込まれているような心地がする。
答え辛い。自分のことなど話したくない。
暫くガサガサと熊笹の鳴る音ばかりがした。路六は私の答えるのを待っているし、私は何を話していいものか、考える程に口が重くなるばかり。
「昨日は弥太郎とどうだったい?」
腰を屈めて歩くのも疲れて、顔に笹が障るのも厭わなくなるくらいにあちこちどうでもよくなってきた頃、路六がふと聞いてきた。
「どう、とは?」
息を切らしながら聞き返すと、路六は笑顔を振り向けた。
「楽しかったかい?」
「…どうだろう。楽しくないことはなかった、と思う」
「はっきりしねぇ奴だな。弥太郎はよ、面倒臭ぇからおめえとはもう歩きたかねぇって言ってたぜ」
はっきりし過ぎだ。弥太郎の仏頂面を思い出して、笑えてきた。如何にも弥太郎らしい。
「坊主らしくねぇ坊主だって、そうなのかい?」
あの河童は何の話をしているのか。
「…そう思う」
渋々答えると、路六は肩を揺すってからから笑った。
「正直だな。いいじゃねぇか。別に坊主らしくなくたって坊主なんだからよ。坊主らしく見られるために坊主になったんじゃねぇだろ?」
だからと言って志があった訳でもない。
見えざるものを見、聞かざるものを聞く耳目を矯める為に、親が寺に預けたのが本当だ。もしかしたら両親は気味の悪い私を厄介払いしたかったのかも知れない。