第11章 斎児ーいわいこー
「どのくらいかぁ…。そりゃおめえの歩きっぷり次第だよなぁ」
路六は考え考え、鼻先を撫でて答える。ご尤も。
「けどこれが近道なんだよな。ちょっと屈んでみろよ。行けそうにねぇか?」
そう言って脇にどけた路六の横を腰を屈めて覗き込むと、熊笹の繁みの中に確かに道らしきものがある。
「ここを通る?」
「駄目なら別の道を行くけどさ。遠回りになるな。ま、おめえがいいって方で行こう」
そう言われても、屈めば腰が痛もうし、ただ歩けば熊笹の鋭い葉先が顔に障る。
「遠回りしたらどれだけ遠くなる?」
「そりゃ遠くなるわなぁ」
路六は短い腕を組んで右に左に首を傾げ、曖昧に答えた。
「どれだけ時がかかろうか?」
「だからそいつはどっちみちおめえの歩きっぷり次第なんだよな。弥太郎の言うのを聞きゃあ、おめえはあんまりちゃっちゃと歩けるようじゃねぇし、何とも言えねえよ。まあ、いくらなんでも日暮れまでにゃ着くだろとは思うけどよ」
日暮れ…。ということは、帰りは夜中になる。
「…帰りが遅くなるのは困る。是非近道で…頼みます」
出口の見えない藪を眺めてしおしおと言えば、路六は得たりとばかりに破顔して私の腰の辺りをぽんと叩いた。
「よしよし、無理しねえでな。のんびり行こうぜ」
鼻唄混じりに熊笹の藪に踏み入って行く路六の後ろ姿を見て溜め息を吐く。
深更の山を彷徨くのはごめんだ。それこそ山の気に中った連中にでも出くわしたらどうする。
肉に歯を食い込ませた夢の生々しさを思い出し、体がぶるっと震えた。
「改めてな、俺は路六ってんだ。人にも化けるが正体は獺。無理の川沿いの生き物を束ねさせて貰ってる」
つるんとした撫で肩越しに振り向いて、路六が小さな牙を見せて笑った。
「で、おめえは?」
「…私…私は…」
思わず口籠る。
「私は厂暁と申す一介の坊主で」
「ふんふん」
「あの」
「うん?」
「何でまた名乗りあう必要が?」
弥太郎やムレから何も聞いていないことはないだろう。私自身、人形の路六に名前と身分は明かした上でサクに引き合わせて貰ったのだ。今更名乗らなくてもいいだろうし、改めて語れば痛いところを突かれそうで気が進まない。
「人伝に聞いたことや化けたときに聞いたことと、正真まっさらな路六で聞くことはまた違うんだなぁ。俺は獺路六の耳を一番信用してるからよ」