第11章 斎児ーいわいこー
曇天の明時(あけとき)からサクの小屋まで迎えに来たのは、二本足で人並みに歩く大きな獺だった。
人形(ひとがた)ではない路六だ。
私の腰より少し高いところに平べったい頭が届くくらいの背丈で、濡れ濡れと色艶のいい滑らかな毛皮、人の好さそうな小さな目は生き生きと利発で表情豊か。人形の姿で会っていることを別にしても、弥太郎より格段に付き合い易そうに見える。
「サクは炭焼きか」
開口一番そう言うと、背伸びして小屋の中を伺い、くんくん鼻を蠢かしてぴたんと尾で地べたを打つ。
「よしよし。朝飯はすませたみてえだな。鱈腹食ったか?手弁当の仕度はねぇからな。無理んとこに着くまでいくら鳴いても腹の面倒はみれねえぞ。平気か?」
確かに昨日はサクが弥太郎の分まで握り飯を持たせてくれたが、今日は手ぶらである。竹の筒に詰めた水もない。
腹は構わないが途中喉が渇いたらどうしたらいいと聞くと、路六は髭を揺らして朗らかに笑った。
「心配すんな。客分に渇きを辛抱させるなんて無様な真似はしねえよ。仮にもこちとら水神様の眷属だぜ?」
客分。ここに来て初めてそんなことを言われた。同じ水神の眷属といっても、やれ馬鹿だ生臭だと散々腐した挙げ句、私の分の握り飯と水にまで手を出してケロッとしていた弥太郎とは大違いだ。
「飯は無理が支度して待ってるってぇから楽しみにしてな。無理はあれで舌が肥えてるからな。旨いもんが食えると思うぜ」
それは…気詰まりな。
水神とものを食べても味などわからないに決まっている。
「そう厭な顔すんない。おめえ正直だなぁ」
からからと笑い声を上げて路六がペタペタ歩き出した。みっちり繁った熊笹の中へ委細構わずガサガサ分け入って行くのに呆気にとられる。いやいやいやいや。
「あの」
「うん?何だ?」
ひょこと顔を出した路六の髭に、冬に末枯れた名残りの朽葉が引っ掛かっている。
「そこはその…少し歩き辛くはないだろうか…」
「ああ!こりゃすまん。そうか、おめえさんは俺ほどちっさくもなけりゃ弥太郎ほどでかくもなかったな。丁度案配悪いとこに笹の先っぽが障る具合悪い背丈だもんな」
ガサガサ熊笹を鳴らして戻って来た路六は、私を矯めつ眇めつして首を傾げた。
「ふーん。腰を屈めて歩けねえか?」
随分きつそうな提案に今度は私が首を傾げる。
「どれくらいそうして歩くのです?」