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第11章 斎児ーいわいこー



厭な寝汗を拭っているところにそんなことを言われて、今度は冷や汗が湧き出てきた。

「止してくれ。日延べされては困る。私は三日でここを去る約束をした」

慌てて言うと、サクは鼻で笑って転がったきりの木椀を指し、指を曲げた。とってよこせということらしい。

「ムレと何を話したんだか知らねぇけど、一度火を落とすと炭が台無しになんだよ。間の悪ィときに来たお前が悪い」

拾って差し出した木椀を受け取り、サクは目を眇めて明り取りを見上げた。

「何なら無理に頼んで来いよ。雨を降らせねぇでくれって。あいつは水神だから、もしかしたら雨も何とかしてくれるかも知れねぇよ?」

無理。弥太郎や路六を従える川の神のことか。昨晩のムレとのやり取りを思い出し、及び腰になる。山の神が気難しいものなら、川の神はどういうものだろう。矢張り気難しい気がする。

「サクが頼んではどうか?」

「俺、無理はちょっと苦手なんだよな」

木椀の縁をすっとした指先でなぞってサクは顰め面をした。白い眉間に猫の髭先のような皺がよる。

「苦手?何故」

「顔が綺麗すぎて何考えてるかわかんねえもの」

サクがその顔で誰かを綺麗だと言うと、何か妙な気になる。その顔が綺麗という顔はどんな顔なのか。そう聞くとサクはますます顔を顰めて、考え込んだ。

「荒れ凪が髪の手入れにくれた剃刀の、よく切れるみてぇな顔。あれ、切れすぎて怖ぇんだよ。俺は弥太郎みてぇな力任せに打ちゃよく切れる鉈くらいのがいいんだけど」

「弥太郎は鉈みたいな顔だって?」

「違うよ。弥太郎は熊のぶらぶら歩き。そんで力任せに打ちゃよく切れる顔」

「?よくわからないが、サクは綺麗な無理より弥太郎の方が好きなんだな?」

「そういうわけでもねぇけど…」

歯切れ悪く口ごもってサクは首を捻った。
炭に燻されても、黒い髪は艶やかに真黒く、白い顔は嫋やかに真白い。二つ音の不気味な声で唸って、サクは何故か顔を赤らめた。

「無理に見られると、何か変になんだよな。見ても変になるし」

ああ、と思わず笑み溢す。

「サクは無理が好きなのだな」

浅慮に口走ったら、また木椀が飛んで来た。しまった。またやった。本当に私は考えが足りない。

「そんなんじゃねえよ!ただ無理はあんまり綺麗だから。お前も見てみりゃわかるよ。ありゃちょっとどうかしてるぜ」

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