第11章 斎児ーいわいこー
人のことは言えないんだぞと危うく言いかけて、呑み込む。またやらかすところ。
「兎に角、長居が厭だってんなら、無理んとこに行ってみろ。雨が降って地べたが泥濘んだらお前難儀だぞ。下生えや苔も湿ると滑ってひでぇかんな」
赤みの引いた顔をごしごし擦り、サクはむきになって言った。
「ついでに無理の顔を拝んでこい。そうすりゃ俺の言ってることもわかるぜ、きっと」
「今日はここでじっとしていたいのだけれど」
夢のことを思い出す。
昨日のやり取りから、おぞましい夢はまず間違いなくムレがみせたものと思われる。私を脅しつけるつもりなのだろう。敢えないことだが、十二分に効いた。
あれは弥太郎の言っていた、山に中られて山を下りられなくなった者の夢だろう。狂おしい人恋しさや我を止められない焦りと恐ろしさ、生々しい動悸、狂気。厭忌の情が湧くのは如何ともし難いが、同時にまた、矢張り哀れと思う。弥太郎の言うように、私に何が出来るというものではないが、胸が痛む。
そして、節。
忌まわしい場にあの人を現したムレに腹が立つが、あんな夢でも顔が見れて嬉しい我に驚く。逃げ出しておいて臆面もないが、あの人に会いたい。そう思ったら、我は結句どうしたいのか、静かに考えてみたくなった。ムレの脅しを別にしても、兎に角黙って大人しくしていたい。物思いがあるし、口を開けば碌なことを言わない自分を封じる意味もある。
そんな私の思惑を他所にサクはあっさり首を振った。
「駄目。邪魔」
「黙って座っているだけ…」
「人の居る気配が煩ぇんだよ。それに俺はお喋りだから、誰か居るとつい喋っちまう。お前が一日ここにいんなら、根掘り葉掘り色んなことを聞くよ、俺」
例えば里の街場のこととか?
嗄れ声で突き付けられた警告と、先刻の悪い夢が甦った。
それは駄目だ。サクを里に誘っているとムレに誤解されかねない。
「…納戸はないか…?」
考えあぐねて聞いてみるも、サクはにべもない。
「ねぇよ。あったってせいぜいが炭を積んどく小屋くらいだな。ここにゃ坊主を仕舞っとくとこなんかねえの。納戸に入ってまで無理に会いたかねえのか?世話ねぇな、腰抜け」
「……正直、会いたくない…」
「馬鹿たれ」
「どうにもあなたは口が悪いぞ。お控えなさい」