第11章 斎児ーいわいこー
悪い夢を見た。
人恋しくて、山を下りたくて、里に行きたくて、気が狂いそうになった。だから、闇に紛れて里へ向かった。
最初に人を見た途端、食おうと思った。今度は人が食いたくて気が狂いそうになる。駆け出した人を追って、走り出す。
おかしい。ムレは深く眠らぬ者は録なものを見ないと言ったのに…。
ああ、違う。私の眠りが浅いのだ。だからこんな碌でも無い夢を…。
夢をみているとわかりながら、逃げる人を追う足が止まらない。止められないのだ。体が思うように動かない。
逃げる人の腕をとる。ああ、手が届いてしまった。何とか振り解いてくれないだろうか。頼むから逃げてくれ。
頭に血が上ってこめかみがドクドクと脈を打つ。
柔らかな二の腕。これは女の腕だ。歯を食い込ませると息を呑む音が聞こえた。目だけ上げて見れば、そこに黒炭のように真黒な目と、意思の強そうな跳ね上がった眉があった。
肉を噛み締めた口が開く。
「…節さん…!」
「うるせぇ!!」
夜着の衿を痛いほど握り締めて、飛び起きた頭に木椀が飛んで来た。大振りの木椀がごつんと頭の中程に当たって、ころりと床に転げる。
「寝惚けんのも大概にしろ!うーうーあーあー喧しいんだよ、馬鹿ったれ!」
寝不足で隈の浮いた顔のサクが、不機嫌そうに囲炉裏端で胡座をかいている。
「こちとらろくに寝てもねぇんだ。傍で呑気に寝惚けてんじゃねえぞ。何が節だ、生臭め。お前の女の名前か?坊主の癖に何やってやがんだか。向かっ腹の立つ野郎だぜ」
「…いや…。夢をみて…」
「あー、そりゃみたろうよ。夢もみてねぇのにぎゃーぎゃー喚かれちゃ気味が悪ィよ。俺はこういう鼾をかくんだなんて抜かしやがったら叩ッ出してるとこだわ」
かなり機嫌が悪そうだ。取り付く島もない。
鳥の鳴く声が聴こえるところをみると、薄暗くはあるが夜明け近いのが伺える。
「雨が来んのか、湿っぽくていけねえや。今回はあんまり上手いこといかなさそうだな」
サクはこちらをちらりとも見ず、ぼやきながら囲炉裏にかけた鍋を掻き回した。米の煮える甘い匂いがする。
「湿っぽいと炭が燻ってひでぇんだよ。目も喉もいがいがして気分が悪ィ」
鍋に蓋をして、サクは頭をがりがり掻いた。つんと杉の葉の香りがする。
「こら下手すると日延べだ。そうなったらお前、ムレに殺されねぇように気を付けろよ?」