第11章 斎児ーいわいこー
「次なんかねぇよ。妙ちくりんなこと言うな。大体俺ァそもそも里の川にいるもんだ。次もここにいるとは限らねぇ」
里が段々に賑やかに拓けて来たのを嫌った無理が、つい先頃元の祠を出て川を上り、山裾の別宅に住まいを移したのだと弥太郎は語った。無理が動けば眷属も動く。それで今、弥太郎や路六、荒れ凪らはここに居るのだ。
無理は気紛れだから何時まで山近くに居るかわからないが、もう里には戻らないのではないかと路六や荒れ凪ら他の眷属は言う。けれど自分はそう思わないと弥太郎は四本指の大きな手で皿を撫でた。
「彼奴は人なしじゃいられねぇんだ。おめぇら人を甚振ったり喜ばせたり、掌ん中で転がすのが好きでしょうがねえから。勝手なもんよ。けど、そういう無理がおめぇら人も好きなんだろ?」
何処か大事なところがひどく痛むような顔付きで、弥太郎はぶっきら棒に言った。
眷属の身の上とは言え、こういう性の弥太郎は無理とぶつかることもあるのだろう。二人の間には何かしがの柵(しがらみ)があるのかも知れない。けれど弥太郎は悔しそうであっても、無理を嫌っているようではない。彼は彼でその勝手な川の神を嫌いにもなれずにいるようだ。
「なぁ」
不意に弥太郎が私を見た。怒っても呆れても面倒がってもいない真面目な顔だ。
「サクのあれ、な」
自分の喉と股間を指差して、首を傾げる。
「あれは本当に呪いってやつか?」
虚を突かれて私は口籠った。そんなこと、わからない。正直言えばサクが正真人であるのかさえ判りかねる。
「もし呪いとかいうもんなら、おめぇ、解いてやれねぇか?」
無理だ。私にそんな力はない。
返事も出来ないで見返していると、弥太郎は肩を竦めて鼻を鳴らした。
「案外道理がおめぇに声をかけたのは、そういう訳なのかも知れねえぜ?」
「そういう訳?」
「道理は里の神だからな。里の者は里で生きるべきだと思ってんだよ。だからサクを山から下ろしてやりてぇんだ。けどサクはあの通り、色々尋常じゃねぇだろ?だからせめて声と二形だけでもよ…」
また喉と股間を、加えて今度は顔を指差し、弥太郎は渋い顔をした。
「あんな面してなけりゃ少しは面倒も減ったんだろうけどなぁ」
まるでサクのあの美しい顔が難点ででもあるかのように言う。
「あなたは…」
「だからあなたって言うな!気味悪ィ!」
「では弥太郎は」