第11章 斎児ーいわいこー
それぞれの事情や気持ちを抱えた霊的や付喪神、人魂に化け狸、和尚がよく人を拾う方であったせいか、宿屋によく出る筈の足洗い、裏の井戸端には小豆研ぎも居た。冬ともなれば雪に閉ざされる吹雪の夜に、雪女がほとほとと戸を叩いて訪って来たこともある。
しかし、里の神などというものに会ったことはなかった。山の神にも、川の神にも。神と名の付く者と言えば付喪神くらい。
人に混ざって知らぬ顔をしていた里の神や化け獺は兎も角、何れも皆が皆に見えるものではない。
私はそうした勘が他より強い。小僧のうちから見ざるものを見、聞かざるものを聞いて来た。
和尚はよく、私を果報者よと仰られた。
弛まず努めていれば、人の気持ちの他の気持ちも汲む者になれる。そういう機会は誰にでも与えられるものではない。
「………」
今頃和尚や他の皆はどうしているだろう。私のことで困っているだろうか。皆散り散りになって、それぞれ忙しく私のことなど思い出しもしないかも知れない。それならその方が気が楽だ。どうか皆、私のことは忘れて。
黒炭のような真黒い目。真っ直ぐ見詰められるだけで血迷ってしまう強い目。
全て忘れてしまえれば。
今の私は見えざる怪しの者より、生きた生身の…生身の人の方が怖い。
頭を振って物思いを払おうと歯を食い縛ったら、その頭をぴしゃんと叩かれた。言うまでもなく弥太郎の仕業だ。
「………何をしなさる。悪戯に人のおつむに手を上げるものじゃない」
ヒリヒリする頭を撫で眇目でじろりと見遣ると、弥太郎は四本指の大きな手をぷらぷら振ってにやにやした。
「へえ、そうかい。人の話もまともに聞かねえでそのご立派な禿げ頭を振り立てやがるから、寝惚けてんのかと思ったぜ」
「寝惚けてなどいない」
「はあ、そうかい。しかし坊主頭は初めて叩(はた)いたが、いい音がするもんだな?気に入ったぞ。もう一回叩かせろ」
「叩いてもよいがひとつ聞いてもよいか」
「…何だよ。そう言われると途端に叩く気が失せるな」
「そう言わずにほれ、もひとつぴしゃりと…」
「何だ、おめぇは…。あ、おい、こっちに来んな!止めろ止めろ、俺に近寄んな!気味の悪ィ!」
「では叩かぬでも構わないから、聞いてよいか」
「…何かおめぇと話すのが厭になって来たな」
「サクにもそう言われた」