第11章 斎児ーいわいこー
「…よければ」
詫びがわりに懐の羊羮をまた差し出すと、弥太郎はカーッと唸って皿まで赤くなった。
「だから酔い覚めの甘物なんか要らねぇって言ってんだろ!?どっから話を聞いてねぇんだ、禿!!!」
「いや、他に詫びるものがないから…」
「馬ッ鹿垂れ!んなもなァ口で詫びりゃ事足りんだよ!いちいち物を使うな、浅ましい!」
手前勝手に喚き散らかす河童に説教されて、また頭が垂れる。情けないが河童が正しい。
「本当にしょうもねぇ奴だな。どうせ寺でもその調子だったんだろ。そんで追ん出されたな?挙句の果てにこんな山ん中で河童に迷惑かけてよ、どんな坊主だ、おめぇは!」
弥太郎は地団駄踏んで怒り出した。こういう怒られ方は初めてだ。
と、いうより、こういう怒り方を初めて見た。本当に地団駄を踏むところなど今まで見たことがない。
「ジロジロ見てんじゃねえ!そんなに俺が珍しいかよ!?あ?こら!!」
「珍しいのはあなたではなくて……」
「あなた?あなたぁ!?誰があなただって!?おぉう、気味悪ィい!!坊主にあなた呼ばわりされたぜ!俺ァもう仕舞いだ!」
仕舞うなら喚くのを仕舞って欲しい。弥太郎の喚き声にこっちまで二日酔いみたように頭がガンガンして来た。
「んっとによ!おめぇ、この調子でサクに妙なこと吹き込んじゃねぇだろうな!?あれであいつは初(うぶ)だからな。コロッと乗せて馬鹿見させたりしてみろ、ただじゃ置かねえからな!?」
それは例えば綺麗だと褒めるとか、そういうことを言うのだろうか。だとしたら覆水盆に帰らず、後の祭りなのだが、私は口を噤んでいた。これ以上騒ぎ立てたらこの河童、目の前で激昂のあまり弾け飛んでしまいそうで怖い。酒臭い河童の残骸を嫌々拾い集め、サクにあらぬ言い訳をする我が目に浮かんで顔が渋くなった。
「ヒョロヒョロ弱々しやがってよ。何だっておめぇなんかに道理は声をかけたんだ?」
やはり私を路六に引き合わせた男は里の神、道理のようだ。里の神が何故私になど声をかけたのだろう。それは私も知りたいところだ。
「何でだろう…」
「何でだろうじゃねぇわ!手前のことだろ!」
弥太郎の言うように自分のこととも言えるが、今知りたいのは自分のことではない。
里の神という古くから在る土地神の気持ちだ。
宿坊にいて修行していたときも、それは様々な不思議を見た。