第11章 斎児ーいわいこー
ではサクを私に紹介してくれた香具師は何者だ?あの如何にも人好きする話し好きな初老の男は。
「そりゃ路六だよ。大体俺は信用出来る奴の頼み事しか聞かねぇ」
当たり前のようにサクは言うが、私は冷や汗をかいた。
あれが化けた獺?まるでわからなかった。
ならば行き倒れていた私を助け、路六に引き合わせた人品卑しからぬ男は何者なのだ。物腰や穏やかな話振りから一方でない立場にある男だろうと思ったが、差し詰め彼が里の神とかいう道理といったところか?
頭がズキズキして来た。
元の寺でも何かと見聞きして来たものだが、物の怪や人外はここまで有り触れたものではなかった。
曲がりなりにも未だ僧籍に身を置く立場でありながら不徳の為すところだが、これでは誰が人で誰が人外か見分けようもない。
サクは袖に腕を潜らせて腹を掻きながら、黒い髪をさらりと垂らして首を傾げた。
「里からの頼まれ事はまず路六が持って来んだよ。前は海っ辺りの村の腫れ物(はぐれもの)もよく顔を出してたんだが、そいつ、嫁入りして山にゃ入んなくなっちまったんだよなぁ」
詰まらなそうに言うところを見るとその腫れ物とも親しくしていたのだろうが、最早それが人か人外か聞く気も失せた。
「路六でも道理でも、里に近しいのならその者を頼って山を下りればよいのではないか?」
ふと思い付いて言ってみると、ロクは不貞腐れたようにまた寝転がった。
「駄目だよ。ムレがいいって言わなけりゃ彼奴ら、俺を街場になんか連れ出しゃしねぇから。それに山を下りたきゃ人を当てにすんじゃねぇって弥太郎から釘刺されてるしよ。甘えた気持ちで街場になんざ顔を出すもんじゃねえってよ。そうか?そんなに面倒臭ぇとこなのか、街場はよ?」
「……そうだな。そうかも知れないな」
賑やかな盛り場は人でない者にはより生き辛い場所になった。人と人ではないものの狭間に籍を置く私でもそう思う。時勢は変わって、世の中に余多存在していた目に見えぬものは片隅の暗がりに追いやられ、その暗がりもまた常夜灯に照らされて小さく薄くなってしまっている。
顎に手を当て考え込んでいたら腹が鳴った。
「…………」
決まり悪い思いで顔を上げたらきょとんとしたサクと目が合った。目が合ったその途端サクの瞳が明るく煌めいて、笑い声が上がった。
「はは、よく腹を鳴らす坊主だなぁ。あははは」