第11章 斎児ーいわいこー
「里の女性に蛇の目だの猪の子だの言っても喜ばれないように思う」
「女くどきに山下りるんじゃねぇよ。生臭野郎」
「くどかないにしてもサクのその物言いでは悪戯に女性を怒らせることになりかねないぞ。好意のつもりが不愉快な思いをさせては詰まらないだろう?」
「いンだよ。そういうこたお前に聞かねえでも教えてくれる奴がいんだから」
「ほう?」
「そつがねぇし、人慣れしてるし、お前よりうんとこさ話し易い」
「それは重畳。で、念の為聞くがそれは人の話か?」
「いや?道理は里の神だし、路六は化け獺だから、人とは言えねぇ。…言えねぇよな?」
…山の神、柳の化生と来て今度は何だと思っていれば、里の神に化け獺か。私は鼻の頭に寄った皺を撫で付けて苦笑いした。
「そうだな。里の神や化け獺は人とは言えないな」
「そうだよなぁ。でもまぁアイツらは里に慣れてるから、人とあんまり変わんねぇだろ」
「さぁ、それはどうだろうな」
「山梨の汁ってのはいいと思うんだけどな。路六だって手前の嫁さんを若ぇときは木通の綿みてぇないい雌獺だったって言うぜ?」
「路六はあまり当てにしない方が良さそうだ」
「そうかぁ?俺は好きだけどな。路六に褒められんの」
「路六は何と言ってサクを褒めるんだ?」
「路六は俺をお月様に照らされた翡翠の羽みてぇだって言ってくれる。俺はそう言われると凄く嬉しいんだ。翡翠の羽は俺も綺麗だと思うもの」
「そうか」
化け獺は思いの外洒落者のようだ。
「それならわかる。私も翡翠の羽は美しいと思うから」
路六の気の利いた言葉に感心して頷いたらば、サクは意外に嬉しげな顔をして体を起こした。
「因みに弥太郎は俺を青大将の背(せな)みてぇだって言う。俺はこいつも嬉しいんだけど、わかるか?」
「……いや、それはちょっと、わからない…かな?」
「そうかぁ。蛇は背も目も駄目か…。綺麗なんだけどな。人にゃそうは見えねぇのかな?」
「皆が皆そうとは言えないが、あまり誉め言葉にはならないと思う」
青大将の背か。綺麗と言えば綺麗だが、気味が悪い気持ちが勝ってサクのようには思えない。
「ところで弥太郎と言うのは…」
「河童だよ。気は荒ぇが面白い奴」
とうとう河童か。
サクには人外の知り人しかいないのだろうか。