第11章 斎児ーいわいこー
「手前の匂いは鼻が馬鹿んなっちまってわかんねぇんだよな。やっぱり臭ぇか?」
「杉か松の香りがする」
「ん?ああ、なら構わねぇ。炭の匂いがあんまりひでぇからよ。知り合いに教わった匂い消しをしてんだ。そいつが効いてんだな。よしよし。荒れ凪様々だぜ」
「荒れ凪?」
また妙な名が出た。つい聞き返して、また面倒がられるかと顔色を見れば、サクは満更でもなさそうに笑いながら機嫌良く答える。
「柳の化生さね。綺麗な女性(にょしょう)だぜ。怒らせるとおっかねぇけど」
山の神の次は柳の化生か。後は何が出て来るだろう。天狗か?猩々か?
それにしてもこのサクが綺麗と思う女性とはどういうものだろう。余程綺麗な、と、思いかけたが、しかし人の好みはそれぞれだし、大体我がこれだけ美しいのによそを綺麗がることがあるのだろうかと思い直し、もの問顔を向けると、サクは足の裏をポンと合わせて横様に寝転んだ。
「荒れ凪は綺麗だぜぇ。冷え冷えの山梨の汁みてぇなの」
「…山梨の"汁"?」
「そお。見てると薄甘くて気持ち良くて、はーって息が吐かさるのよ。山梨の汁みたようだろ?」
どうもサクは褒め下手らしい。
「荒れ凪とやらが山梨の汁ならば、ムレはどういうものだ?」
試しに聞いてみると、サクは寝転んだまま一時考え込み、唸り声を上げた。
「ムレか。ムレはあれだ。米栂や白檜曽の葉擦れだ。栗や楓や樺なんかの葉擦れよかおっかねぇけどよく聞き分けられるし、俺は何だか好きだ」
「…葉擦れ…」
ムレは針葉樹の葉擦れか。よくわからない。
「サク」
「何だよ」
「女性を褒めるのであれば、もう少し言葉を変えた方がいい」
「あん?何だ、そら」
「山梨の汁と言われるより花と言われた方が喜ばれようし、白檜曽の葉擦れと言われるよりその芳しい薫りのようなと言った方が良い」
「花?薫り?うーん?そしたら何か俺が言いてぇことがちゃんと伝わんねぇじゃねぇか。ムレは白檜曽の薫りじゃなくて葉擦れだし、荒れ凪は山梨の花じゃなくて汁なんだよ」
「他に何か思い浮かばないか?美しいもの、愛らしいもの、好ましく嫋やかなものは」
「……鹿の角とか瓜坊とか?」
「他に」
「山楝蛇の目とか赤腹井守の腹とか?」
「それが美しく愛らしいのか?」
「お前は思わねぇのかよ。変な奴だな」
互いに呆れた顔を突き合わせる。