第11章 斎児ーいわいこー
「ムレというのは何者だ?」
尋常な者ではないだろうという確信があった。妙に老成した声と突飛で極端なところ、人外の気配がする。
「ムレは山のもんさ」
サクが素っ気なく答える。
「俺が山に入ったときからずっと俺の世話をしてくれてる。ちっとばかり並外れてるけど気のいいご近所さんだ」
これでは知りたいことの答えになってはいない。しかし何処から何を聞いたものか、言葉は選ばねばと逡巡したところ、サクが言葉を続ける。
「山には山に住むもんがある。郷に入りては郷に従えっていうだろ。ここじゃ何をしようが言おうがムレは間違っちゃいねぇんだ。ムレを可笑しいと思うお前の方が可笑しいってことよ。つべこべ言うのは止めときな。ほんとにムレに殺されちまうぞ」
「何かの化生か?」
「化生?馬鹿にすんない。ありゃ山の神だ」
…………山の神…。
予想外の大物が釣れた。選りに選って山の神だって?
その山の神、先程私の手足をもぐやら目を抉るやら散々物騒な話をしていなかったか?
「下らねぇこと言ってみろ。お前なんざひと捻りだぜ?」
然もありなんと口を噤む。山の神にとっては気に入らない生臭坊主の息の根を止めることくらい、塵を吹いてとばすが如き些事に違いない。
「まぁよ。ちょっとばかりアイツは俺に構いすぎなんだよな」
戦々恐々の内心を押し隠し、努めて澄まし顔をしていると、サクがポツンと洩らした。
「悪い奴じゃないんだが、ここんとこ何か窮屈でよ」
胡座をかいた足の裏を擦り合わせ、サクは可憐な唇を尖らせた。声に聞き慣れ、明け透けな物言いに打たれ慣れてきたせいか、サクの美しさに可愛らしさを感じるようになった。この綺麗な子の素は、口ほどには悪くないように思う。
「あれすんなこれすんなじゃ息が詰まっちまう。もちっと好きなようにさせてくんねぇかなぁ」
「好きに里に下りたり?」
「ほらみろ、やっぱり狸寝入りだ。聞いてやがったな、生臭野郎」
サクが顔を顰めて白い握り拳でトンと肩を突いて来た。左の拳、赤い月の痣。燻した炭の匂いの中に、杉や松のようなピリッとした香りが立った。サクから香っているようだ。炭の匂い消しに山の針葉樹を使っているのだろうか。
「何だ。鼻なんか鳴らしやがって。臭ぇかよ?」
慌てて拳を引っ込めたサクは、袖や肩口に鼻をつけてクンクンと匂いを嗅いだ。