第11章 斎児ーいわいこー
「気を付けるって奴に限って気を付け方を知らねぇんだよなぁ。山越えは生易しいこっちゃねえからな。俺は案内はするが、お前を助けたりはしねぇよ?」
「構わない。承知の上だ」
いっそ自分は崖から落ちるなり獣に襲われるなりして死んでしまった方がいいのかも知れない。廃仏棄釈で余多の仏像が損なわれ、僧都は行き場を失った。自分如きが長らえて何になるだろう。このまま仏門にあろうとしたところで生き腐れてますます破戒するだけなのではないか。
「あのよ。だから俺は助けたりはしねぇからな」
サクが呆れたように重ねて言う。
だからわかったと言ったろうにと些か不快に思いながら黙っていると、サクは痣の浮いた綺麗な手で産毛の光る柔らかそうな耳朶を引っ張って溜め息を吐いた。耳まで艶かしく美しい。ムレとかいう者の言っていたことがわかる気がした。サクは里に下りない方が良さそうだ。この顔佳人が人に交われば要らぬ罪作りを犯すのは間違いないだろう。
「お前、やっぱり全然わかってねぇだろ。俺は死ぬ手助けもしちゃやらねぇって言ってんだよ。これ見よがしに景気悪ぃ面しやがって、死ぬ気なら山を下りてからにしろよな。途中でお前に死なれちゃ金が入って来ねぇじゃねえか。無駄な骨折りさせんなよ?」
何を言うかと言い返そうとした口が動かない。見透かされたようで背中がそそけた。
その私にサクは口を尖らせて尚も言い募る。
「お前に何があったかなんて俺は聞いてやらねぇからな。興味ねぇもの。坊主なら坊主らしくしゃんとしやがれ。打たれた犬みたような面してんじゃねぇよ。辛気臭ぇ。面倒臭ぇ。うたてぇ」
全く容赦ない言いように、いっそ笑いが込み上げてきた。
「わかった。では死ぬにしても山を下りてからにしよう」
「だからいちいちそんなこと言わねぇでいんだよ。誰がそんなん聞きたがる?お前は馬鹿だなぁ」
サクはいよいよ呆れたようで、耳朶を弄びながら唸り声を洩らした。
「面倒臭ぇなぁ。炭が焼けるまで寝ててくんねぇか?俺、お前とはあんまり話したくねぇ気がしてきた」
「三日も寝てはいられない」
「お前がよしと言やぁ出来ないことじゃねぇよ。寝ててくれるか?」
「………いや、断る」
うつけたことを言うと思ったが、先程微睡みながら耳にしたやり取りを考えると胡乱な気がした。出来なくもないのかも知れない。ムレとかいう者に頼めば。