第11章 斎児ーいわいこー
不満そうな沈黙の後、衣擦れの音がして気配がひとつ消えた。
何処かで聞いたようなやり取りと思った。
ぼんやり考えてみたら、つい近頃己が交わしたやり取りに酷似していると思い当たった。
黒光りする黒炭の目がチカリと浮かんだ。
「おい。ムレに狸寝入りは通じねぇぞ」
声をかけられて瞼を開ける。
燻されたような匂いが強烈だ。瞬きしながら身を起こすと、サクがにんまり笑った。
「臭ぇか?炭をたきゃこんな匂いがする。囲炉裏の匂いくらいは嗅いだこともあんだろ?あれが濃くなりゃこうなんだ」
いや、決して臭くはない。臭いというよりむしろ…
腹が鳴った。
「何だ、腹が減ったか」
美しい顔にキョトンとした表情を浮かべたサクが、弾けるような笑顔を見せた。
「あっはは。見かけによらず豪気な坊主だな」
大きく開いた口からまた八重歯が覗いて、あまり品のいい笑い顔ではない。サクは笑わないでいる方が美しい。大口を開けて下品に笑っては折角の花顔が台無しになる。
「燻した沢庵を思い出した」
目を逸らして口ごもると、サクはほりほりと頬を掻いた。
「燻した沢庵か。旨そうだな。猪でよけりゃ燻してやろうか。炭竃に突っ込んでよ。けど坊主は生臭は食わねぇんだっけ?」
「誰かお客のあったようだが」
微かに揺れる布地一枚の戸口を見遣って尋ねる。
「ムレが来てたんだよ」
「ムレ?」
「ご近所さんさ」
「…可笑しな名だな」
「何がさ」
キョトンと聞かれて、口籠る。
「可笑しいことあるかよ。ムレはムレだ。ムレがムレじゃなくなったらそれこそ可笑しいじゃねぇかよ」
「私はただ珍しい名前だと…」
「どんな名前なら珍しくねぇんだ?珍しくちゃまずいのか?」
皮肉っている訳ではなさそうなサクの様子にますます口が鈍る。
「まずいということはないが…」
「じゃいいじゃねぇか。どうでもいいこと言うな、お前。坊主ってな皆そんなもんなのか」
「…私は破戒坊主だから。他の僧都はもっとしっかりしていなさる」
「はかい?」
「そう。破戒。戒めを破ると書く」
「ふん?何かしくじったんだな、間抜けな奴」
サクの言葉に苦い笑みが湧く。
「そうだ。間抜けだ」
「笑ってんじゃねえぞ。間抜けでも馬鹿でも好きにすりゃいいけどよ。俺に迷惑かけたら承知しねえかんな」
「わかった。気を付けよう」