第2章 並
夕餉をたらふく食べた並の腹がくぅと鳴った。
いかん。呑気に饂飩なぞ食うとる場合か。
竈神へ礼して背伸びし、神棚に手を探らせる。
御神酒、燭台、蝋燭の箱、おおじじさまの造った並の拳程もある大針ー何に使うんじゃ、こんなもんー、出処のわからぬ大珊瑚の塊ーあっしの嫁入り道具になるそうだが、特に要らん。ゴツゴツしとって何だかわからんー、ばばさまがかかさまに譲った大きな鮑玉の入った桐の箱ーこれはいずれ一姉に譲られる事になっている。こいつは持って行こうかのうー、···あった、火口と火打ち石の巾着袋。
巾着を下ろして両の手に握り締めた瞬間、背中の方からキシリと音がした。並は咄嗟に巾着を袖に潜らせて、ぎゅっと首を竦めた。
「何え、まだ起きておったのか」
ととさまの機嫌良さげな声がした。
「饂飩の匂いに釣られたか。並は食い助じゃなぁ」
こわごわ振り返ると、ととさまが大きな背中を向けて杓子で掬った瓶の水をゴクゴク喉を鳴らして呑んでいる姿が見えた。
そんなととさまから目を離さず、袖の巾着を懐にそっと落ち着けた並は、安堵の小さな息を吐く。
「何じゃ、溜め息なぞ吐いて、そんなにも腹が減って切ないか。しようのない奴じゃの」
ととさまが振り返って呆れ顔で笑った。
「まあのう。並は育ち盛りじゃからのう」
流しの棚から大振りの湯呑みを手にとって、ととさまは笊の葱から先っぽをむしった。それを指先で無造作に千切って湯呑みに放り込むと、竈の出汁をたっぷり注いで並に渡す。
「ほれ、これを呑んで寝てしまえ。寝て起きれば朝餉じゃ。明日は砂を噛ませるなや?」
笑った目尻に深い皺を刻んでひとり娘の頭をひと撫で、ととさまは宴席に戻って行った。
並は熱い湯呑みを流しに置いて土間にうずくまった。
どっと楽しげな笑い声に紛れて、赤子の泣く声と四姉のあやし声、寝惚けて何事か言う甥子か姪子の幼な声が聴こえる。
誰かが宴席を抜けて子らの寝間に向かう足音。
その誰かが四姉と小さくささやき交わした後、子守唄が流れてきた。
細くて静かなこの歌声は三姉だ。小柄で冗談好きな三姉は、歌も好きでよく歌う。
表では秋の虫が物寂しげにりぃりぃ鳴いている。
鼻を啜って立ち上がると、並は不格好な葱の浮かんだ出汁をぐいぐいと呑み干した。熱くて舌が焼けたが構わない。
そのまま草履を引っ掛けて、うちを出た。
