第2章 並
しっかり片付いた厨は見るだけ見ても何処に何があるかわからなかったし、火口と火打ち石の所在も確認出来なかったが、かかさまから肩揉みの褒美に三つ飴を貰った。ひとつ口に含むと、後ろめたい味がした。
こいつも島へ持って行く。
夜は案の定酒盛りが始まった。
よくまあ毎日呑むものだと呆れ返るが、楽しそうなととさまやあにさまたちを見ているのは嫌いではない。
宵の内に上機嫌に出来上がると、子らと相撲を取り始めるのも面白い。勝ったら飴が貰えるから、子らも必死で大人に組み付く。
夏なら暗くした家に蛍を放して子らに追わせる。捕らえた蛍は蚊帳に入れて、子らはその明かりを眺めながら寝る。
里の男衆たちがぼつぼつ顔を出して、ますます賑やかしくなる事も多い。里の男衆は皆酒好きだ。
賑やかで耳がちんちんする。
並は開け放した蔀戸に頰杖をついて海を眺めた。
あねさまが切り落とした爪先みたいな、綺麗な細い三日月が空に頼りなく浮かんでいる。
月明かりが寂しいので今日の海は黒い。白い波の筋も見当たらないから、外海も凪いでいるだろう。
潜んで島に渡るには都合の良い夜だ。
···あっしを島に置いた後、十市はどうするんじゃろう。
ぽかっと、思った。
十市が並を神領地に渡したと知ったら皆はどうするだろう。
今でさえ虐遇にあるあの逸れ者は、里人に何を言われるだろう。何をされるだろう。
大体あいつは何故忌まれているんじゃ?誰に聞いても答えて貰えぬ。あいつの何が忌み血なんじゃ?小面憎い性根曲がりとは思うが、忌まれる程じゃあるまいに···
ハッと並は頭を振った。
止めじゃ止めじゃ!
こんな事考えて何になる。あいつが我から引き受けたんじゃ。あっしの知った事じゃないわさ。
男衆の賑やかな騒ぎ声に、かかさまや兄嫁たちの笑い声が混じって聴こえて来た。さしあたりの酒肴を出し終えて、酒席の話に加わったのだろう。
並はそっと立ち上がって厨に向かった。
火口と火打ち石、これだけはどうしても欲しい。他の荷は既に庭先の藪に隠してある。
爪先で静かに賑やかな家の中を行き、人影のない厨に入る。厨の火はまだ落ちていない。竈の上で干し魚の琥珀色の出汁がゆらゆら湯気を上げていた。
〆は饂飩のようだ。青い葱とぱりぱりの布海苔が流しの笊にのっており、小丼が竈の側で温められている。