第11章 斎児ーいわいこー
「お前をここに置きっぱなしになんざしねぇさ。頼まれたことはやるからよ。どうせ山道なんか縁のねぇ暮らしをしてたんだろ?ここまで来るだけで疲れたろ?そこらに寝転ばんで休んでたらいいや」
サクの綺麗な顔に艶やかな微笑が浮かんだ。雨に濡れた紫陽花の風情。
「あなたは綺麗だな」
言わずにいられなかった。そう、私はいつもこれだ。深く考える前に、言ってしまう。これで舌禍を招く。
「綺麗?」
サクが目を瞬かせた。
青光りする程白い白目の中で、青い縁取りのある黒目がふっと膨らんで、すぐまた元に戻る。
「俺は綺麗?」
心底驚いたようにサクは自分の顔を撫でた。
「変なこと言う奴だな」
表で強い風が吹いて、圧倒されるような葉擦れが鳴った。四方から押し寄せる音に覚えず身が竦む。まるで恐ろしげな何かに威嚇されているような息苦しさに肌が粟立った。
「…今日は機嫌が悪ぃみてぇだなぁ。お前、明日まで表にゃ出んなよ。怪我するかも知んねえ」
顎を上げて明かり取りを見やったサクが、盆の窪を掻いて立ち上がった。思ったより背丈がある。粗末な単衣を纏ったサクは、すらりとした肢体と白い肌、艶やかな紅顔故に垢抜けて見える。
「今日はもう寝ちまえ。ガタガタ煩えけど気にすんな」
「何か手伝いを…」
「要らねえ要らねえ。素人に手を出されても困んだよ。寝ててくれんのが一番助からぁ」
ざっくり言い放つとサクは美しい唇に賢しらな笑みを浮かべて、小屋の隅に積まれた寝具らしきものに顎をしゃくった。
「馬鹿な考え休むに似たりっていってよ。出来もしねぇことしようとしねぇで大人しく寝てろ。寝て起きりゃ朝だ。したらまた話し相手をしてやるよ」
また葉擦れが渦巻くような音で耳を聾する。まるで責められているようだ。底の知れない真っ直ぐな目で凝視されているような圧迫感が胸を締め付ける。
思わず目を閉じたら気が遠くなった。耳を塞いで踞ると、そのまま意識がプツンと途切れた。