第10章 丘を越えて行こうよ
「わかった。何処でも連れてくよ。秋田のオカマバーにだって付き合うから……」
「…………そのネタはもういい……」
ひょろひょろのくせに意外に骨の太い腕に手をかけて、閉じかけた視界に、クスクス笑う小さな子供がふたり入り込んだ。
小さな一也と小さな詩音。
紅葉の手を振って、人集りの中で笑ってる。幼い頃何時もそうしていたように、手を繋いでくすくす楽しげに。
「……また出たの、アンタたち」
そう。これで最後。
今度こそ行くよ。
一緒に行くよ。
丘を越えて行こう。
ずっとそうしたくて待ってたんだ。ふたりのこと。
やっとその気になってくれて、だからこれで最後。
「……しぃちゃん…と、俺…かな?」
薄い胸に押し付けた耳に一也の声が響いた。
「俺としぃちゃんだよね?」
アンタにも見えるの。そうね。どうやらそうみたいよ。アタシたち、小さなアタシたちに一杯食わされたらしいわ。
どうしても行きたかったんだ。
自分たちの世界の全部を見渡す丘の上に。ふたりの暮らす世界の向こうへ続く丘の上に。
大人は連れて行ってくれない。
子供だけじゃ行けそうにない。
当のふたりは小さなふたりのことも、三望苑のことも忘れてしまっている。
だから。
わかったわよ。
大丈夫。アンタたちを連れて、アタシたち行くから。
バイバイ。
もう悪戯はいらないわよ。おいで。アタシたちの中に帰っといで。
目を閉じた。視界が閉ざされて暗くなっても、安心した心持ちは去らない。心の真ん中で満足そうに、猫みたいに喉を鳴らして居座ってる。
具合悪くて、気持ち悪いけど、凄くいい気持ち。
不思議な気持ち。