第2章 並
十市も彦左も知った事か。あっしは沖神の島に行くんじゃ。皆みんな、もう関わりないわ!
家に戻ってこっそり裏口を開け、中を窺った並はうんざりした。
かかさまが厨に座り込んで、鉢で何か捏ねている。
そう言やお八つの頃合いじゃ。何たる間の悪い···
表で子らが騒ぐ声がさんざめく。いつものように縁側で干物を手入れしているのだろう四姉が、優しい笑い声を和しているのが心地よい。
並は我あらず微笑んで、静かに籠を土間に下ろした。
見ればかかさまも並と同じく感じたものか、口元にうっすら笑い皺を刻んでいる。
時折手を休めて肩を叩きつつ額に汗して一心に手を動かすかかさまに、並はちょっと驚いた。
鉢の中身は、多分毎日の様に出されるお焼の皮。
中に夕餉や朝餉の菜の残りを入れて囲炉裏の灰で焼く。山とやり取りした際余録に貰う山のような笹の葉や朴の葉に包んで、灰で蒸し焼きするお焼は熱くてもっちりして不味くはないが、旨いと言うには余りにも当たり前過ぎる在り来たりの食物だ。
骨折りしてつくるものとは知らなんだ···
「おや、並」
かかさまが顔を上げた。
目が合ってバツの悪い顔をした並を穏やかに手招きする。
「随分早い帰りだ事。珍しい」
「···うん。あのよ、かかさま。···あの···。あのよ。···肩でも揉もうか?」
並がもじもじして言ったら、かかさまは目を見張って、それからにっこりした。
「今日のお前はどうも勝手が違うわなぁ。調子が狂うてしまう」
「うん」
日が暮れて夜が来れば並はこの家を出る。その前に、ちぃと孝行してみようかという気になったのだ。
かかさまは海の女だ。幼馴染でずっと好き合っていたととさまと、周りの反対を押し切って一緒になった。一粒種のととさまだから、かかさまは並が産まれるまで相当な苦労をしたらしい。二姉にちらりと聞いた事がある。
今こうして見るかかさまは、ただ穏やかで優しい。口うるさくはあるが朗らかで働き者、忙しなくしていても声を荒らげるところなど一度も見たことがない。
「肩はいいから、表で皆と遊んでおやり」
やんわり言うかかさまに並は首を振った。
「あっしは肩を揉みたいんじゃ。黙って揉ませえ」
何せ今日であっしは居らんようになるんじゃから···
厨を眺め回しながら、並はかかさまの肩を揉んだ。