第10章 丘を越えて行こうよ
「………ッ」
衝撃が来た。
来たけれど、思っていたような痛みはない。強いて言えば骨張った誰かに思い切りぶつかったような、微妙な痛みがあるだけだ。
「………あれ…?」
「…ゲホッ。意外に重いね、しぃちゃん…」
細い腕と足に体が受け止められていた。
いや、受け止められたというより、押し倒したような格好。何しろ受け止めた相手が倒れてしまっているんだから。
骨張った薄い胸の感触。ペンキの匂い。
一也。
「大丈夫?」
苦労して目を開けたら、尻餅をついた一也に抱き抱えられているのがわかった。
「……遅いわよ、アンタ」
「ごめん。けど、こういうことはやっぱり敏樹には敵わないよ」
苦笑して、一也がゆりべこちゃんの頭をスポンと取った。暑いけど涼しい。いっきに呼吸が楽になった。
「だから無理するなって言ったろ?」
「……偉そうに…」
一也のくせに生意気な、と言おうと思ったけど、やめた。
そんな気力もないし、何故だか今この状況で憎まれ口を叩きたくなかった。
「あ。加奈子さんと敏樹は………」
呟いて顔を動かそうとしたアタシの額に手をのせてを、一也がやんわり止めた。
「聞いてればわかるよ」
自分は敏樹と加奈子さんの方を見ながら、一也は笑った。言われて意識したら、敏樹のデカイ声が耳に飛び込んできた。
「体調が悪いなら出て来んな!大人しくうちで寝てろ!」
「だって敏樹くんがネイガーになるから見に来いって……」
加奈子さんの小さな声が答える。
小さいのに厭に聞き取りやすいのは、祭り会場が静まっているからだと気付いた。皆が皆、ふたりのやり取りに耳を澄ませてるらしい。
「そんなモン俺がお前んち行って見せりゃいいことだろ。それでなくても最近ずっと調子悪そうだったし」
なら呼ぶなよ。
全会場が突っ込んだ。…と、思う。バカ敏樹。
兎に角、敏樹の声のトーンが気遣わしげに低くなった。皆に注目されてることになんて多分ひとつも気付いてない。他人事ながらこっちの顔から火が出かねない思いがする。
気恥ずかしさからか、それとも敏樹への気詰まりからなのか、加奈子さんの声がますます小さくなった。
「…それに話したいこともあって……」
「何、お前も俺に話があんの!?皆して一体何の話だよ?で?お前の話もいい話?」
「………」
加奈子さんの答えは聞こえない。