第10章 丘を越えて行こうよ
倒れる、と思った。
なら座ってればいいのに、何故か立ち上がってしまう。何やってんだ…て、アタシ、舞台袖に下がろうとしてるんだ。こんなとこで倒れたら何言われるかわかったもんじゃないから。
「詩音ちゃん!」
加奈子さんのこんな大きな声、初めて聞くな。
一也抜きで書割の設置を始めた青年会の酔っ払いどもがざわついた。いや、多分ざわついてるのは青年会だけじゃない。見物してる人たちもきっと目を皿にしてこっちを見てる。何せ牛が倒れるとこなんて滅多に見れるもんじゃ………。
「セーフセーフ。大丈夫か、詩音?」
抱き止められて、驚いた。敏樹だ。
何で敏樹?
あれ?
どうして敏樹なわけ?
「詩音ちゃん!大丈夫?」
ネイガー姿の敏樹の陰から加奈子さんが顔を出している。結局上って来ちゃったのか。……え?でも浴衣姿でどうやって?加奈子さんてば、案外………
「何、どした、敏樹。それ今野だべ?具合悪ィのか?」
「手貸すか?具合悪いんだば、着ぐるみ脱がした方がいいんじゃねえの?」
「あッ、バカ!そっち手ェ離すな!あ、あ、あ、ああーッ!!!」
うるさいな。
酔っ払いの騒ぎに薄目を向けたら、書割が迫って来るのが見えた。
あ……これ、ぶつかる…つぅか潰される?
書割はイベント会社のもので、悪いことにガッチリした立派な作りだ。重量も強度も、素人の手作りとは全然違う。
まずい。
敏樹、アタシはいいから加奈子さんを…。
「あ」
カサカサの口を開いて言いかけたら、敏樹に放り出された。
加奈子さんの腰を掬い上げて、書割のぶつかりそうのないとこへ見当をつけて転がるように逃げる敏樹に感心する。流石の反射神経だ。
仰向けに倒れる視界に夜空が広がった。祭りの灯りに慣れた目に星の光が薄く頼りなく映る。それでも今夜は星が多い。淀んだ熱い空気の層のずっと上で、星の光は涼やかだ。
あー。綺麗だなぁ。
ゆりべこちゃんの重い頭が思い切り体を引っ張っている。これは頭からガツンといくな。
敏樹に抱き止められたとき、咄嗟に一也が来たと思った。
小さな頃、意地悪されても八つ当たりされても、それでも詩音を助けに来るのは、一也だったから。ーそれが実際助けになったかどうかは兎も角。
ぎゅっと目を閉じて、衝撃を待つ。思い切り頭から倒れるんだから絶対痛いに決まってる。せめて受け身をとれる程体が動けばいいのに。