第10章 丘を越えて行こうよ
「お前がどう思うかはわからないけど、俺は良い話だと思うよ」
「良い話なら今すりゃいいのに、勿体ぶんなぁ」
「適当に聞いて欲しくないんだよ。大事なことだから。加美山、加奈ちゃん帰ったりしてないよね?」
「いやぁ?飲み物渡したら、ちょっとって言って席立ったから、俺もトイレかなと思ったんだが。…一也、お前とち狂って女子トイレまで覗きに行ったりすんなよ」
加美山の言葉に一也は頭を掻いた。
心配しすぎか。詩音ちゃんの心配が先だな。でももしかしてってこともある。トイレで気分が悪くなってたりしたら困る。
「美佳子、トイレ見て来て」
呑気に団扇を使っている妹に声をかけると、団扇がステージの真ん前辺りを指した。
「加奈子さんなら、あそこにいるじゃん」
「へ?」
誰より先ず敏樹が声を上げる。気の抜けた声ではあったが、敏樹が真っ先に反応した。
何だ。
がっしりした長身を心持ち前屈みにステージの前を覗き込む敏樹に、一也の口角が上がった。ちゃんと加奈子に反応する敏樹を見て嬉しくなった。
大丈夫だよ、加奈ちゃん。
人好きし過ぎて八方美人みたいなとこもある敏樹だけれど、大事なものへの反応は昔から何より早い。
ゴール前のチャンスボール、好物の駄菓子、一番大きいお握り、任天堂縛りのゲームの予約、一目惚れして貯金をはたいて即日購入した車、躊躇いなく親から継いだ店、幼馴染みの恋人。
「あんなとこで何してんだ、アイツ」
「何してるってお前…」
答えかけた加美山が首を捻る。
「…何してるんだろうな?」
…わかんなきゃ黙ってればいいのに、どうもこういうところが加美山のあてにならない感を強くしてる気がする。悪いヤツじゃないんだけど、何かと一言多いと言うか、余計なことを言わずにいられない性格なんだな、加美山は。
でもそういう加美山が、必要なことも上手く言えない俺からしたら羨ましくもある。
「詩音ちゃんにお水持ってってあげようってんじゃない?お兄ちゃんたちはあてにならないから」
美佳子が真顔で言う。
「ならお前が持ってってやりゃいいだろ?気の利かねぇヤツ」
加美山が鼻を鳴らす。
またそういうことを。ほら見ろ。美佳子の目が吊り上がった。こうなるとうるさいんだ、コイツは。
「もともと自分が頼まれたことでしょ?何威張ってんの」