第10章 丘を越えて行こうよ
「兎に角、駄目なモンは駄目。勝手に進行変えるなよ。後が大変なんだから」
「いーじゃねぇかよ、減るモンじゃなし」
不意に肩が重くなって振り向くと、加美山がいた。細長い肘を一也の肩にかけ美佳子に目で挨拶してから、ステージの詩音を見やる。
「まーだゆらゆらしてやがる。ひ弱なヤツだな」
呆れ顔で勝手なことを言う加美山に美佳子が笑った。
「ヒロシにひ弱なんて言われる筋合いないよー。詩音ちゃんのがアンタよかずっとシャンとしてるよ?大体着ぐるみなんて初めてなんだしさ。いきなり普通に着こなしてる敏兄の方がおかしいんだって」
「気安く名前を呼ぶな。加美山先輩って呼べ。おい一也、バカな妹はちゃんと人目につかないとこにしまっとかねぇと駄目だろ?たく、放し飼いするから結婚なんかしちまって、こいつの旦那なんかホント餌食になったようなモンだぞ」
「まーなぁ、結婚は人生の墓場とか言うしなぁ」
後頭部を撫で擦って敏樹が笑う。
…バカ。
一也は顔を顰めて加奈子の座っている桟敷の方を見た。見て、目を見開いて、キョロキョロする。
加奈子が座席にいない。
「結婚も出来ない人たちに言われたくないわ。負け惜しみにしか聞こえないし」
フンと鼻を鳴らす美佳子を横目に加美山が腕組みする。
「お前相手に負けを惜しむほど俺はケチじゃない」
「何言ってんだかさっぱりわかんないわよ」
「ほら見ろ、やっぱこいつバカだぞ、敏樹」
「いやぁ、俺も何かいまいちわかんなかった」
「血筋か、バカは。佐藤の家の」
「馬鹿にすんな。佐藤のバカはバカでもただのバカじゃないぞ。…何だよ、その顔は?あ、おい、一也、何処行くんだ?もう書割組まなきゃなんないんじゃないのか?」
「敏樹、詩音ちゃんを頼むよ」
場を離れようとした一也に敏樹が声をかける。一也はチラと振り返って首を振った。
「加奈ちゃんがいないんだ」
「トイレか?」
即座に能天気なことを言う敏樹に、一也は脱力した顔を向けた。
「…敏樹…」
「何だよ、お前も俺に話があんのか?お前の話は良い話か?悪い話か?」
「も?もって?他に誰か話があるって?」
「詩音がさ…」
ああ。
合点した。
「いや、その話は俺がするから。俺の話も詩音ちゃんの話も多分一緒だから」
「へえ?じゃ良い話なんだな」