第10章 丘を越えて行こうよ
「こんばんは、加奈子サン。暑いですね」
そんな一也をよそに、加美山は加奈子に殊勝らしく挨拶して、両手に持ったかき氷をひとつ、差し出した。
「よかったらどうぞ」
「ありがとう」
受け取りはしたものの、加奈子はかき氷に手をつけない。体を冷やしたくないのだろう。一也は内心溜め息を吐いて加奈子からかき氷を取り上げた。
「これは俺が貰っとく。青年会のテントで常温の飲み物売ってるからそれ買って来なよ。加奈ちゃんは常温の飲み物のが好きなんだって」
「へえ。こんな暑くてもか」
「こんな暑くても。女の人は体冷やしちゃ駄目なんだよ」
「はは、お前からそんな講釈垂れられてもなぁ」
「いいから早く飲み物買って来いって。加奈ちゃんが具合悪くしないようにみといてくれ」
「え?風邪かなんか?大丈夫なの、こんなとこ来て」
加美山が色白の顔を顰めて心配そうに加奈子を覗き込むのを見て、一也はちょっとこの口の悪い同級生が気の毒になった。
いくら憎からず思っても、加奈子にはもうネイガーという相手がいるのだ。
「兎に角頼んだよ。俺は裏方にいるから」
「あー、じゃ、これ、今野に差し入れといて」
加美山がポンと缶ビールを投げてよこした。
「お前、詩音ちゃんはステージで司会中だぞ」
冷たく汗をかいた缶ビールを目の高さにつまみ上げ、一也は思わず笑ってしまった。渡したら喜んですぐ呑み干してしまいそうな詩音が浮かんだ。
「いいだろ、別に。出店の連中も呑みながらやってんだしよ。秋田名物のヤローも呑んでたぞ」
「ああ…だろうね」
サッカーの試合や練習でも休憩中ビールを煽るような連中の大将が敏樹なのだ。お祭り騒ぎの好きなヤツが祭りの最中に呑まない訳がないし、かく言う一也も既にちょっと酒が入っている。
「私もビールが呑みたいな…」
ふと加奈子が呟いた。
「加奈ちゃん!」
「冗談。冗談よ。我慢しなきゃね」
加奈子は可笑しそうに一也を見やり、お腹を撫でた。
「禁酒中?」
加美山に聞かれて加奈子が微笑んだ。
「そうね。当分」
一也に片目をパチンと閉じて見せると、加奈子は加美山に水を買って来て欲しいと頼んだ。目尻を下げて引き受けた加美山が、さもついでにいった様子で一也に声をかけた。