第10章 丘を越えて行こうよ
見知った顔ばかりの人混みに目を泳がせて、加奈子はふふっと肩をすくめた。
何だかわからないけどいい匂いがして、一也はまた頭を掻いた。女の人のこういうところ、嫌いじゃないけど苦手だ。
公園で隣り合ってブランコにのったとき、ふたりでホラーを観ていたとき、詩音からもいい匂いがした。これは苦手とまでは思わなかったが、たじろいだ。いい匂いや綺麗な髪、汗をかいても清潔そうな肌とか肉付きがいいわけでもないのに柔らかそうな手とか、あまり近付いちゃいけない気がした。惹かれないでもないけれど、何処かにちょっと面倒な気持ちがある。
関わりたくないような、そうでもないような、変にざわつく感じが不快なようなそうでもないような……本当に優柔不断なんだなぁ、俺。
「詩音ちゃんて、多分私のこと、好きじゃないと思うの」
…おっと。
それは薄々一也も勘づいていたところ。更にもっと言えば…
「私も詩音ちゃんが苦手だったし」
…やっぱり。
「でも今は仲良くなれたらなって思ってるの。仲良くなれるかな」
「…さあ。そういうこと、俺ははっきり答えたげられない」
仲良くするのは詩音と加奈子なんだから、一也には何とも言いようがない。
「でも仲良くしたかったら、まずはちゃんと体を大事にすることだと思うよ。これで何かあったら詩音ちゃんはもう、鬼みたいに怒るだろうからね。辛かったら帰りな?敏樹に呼び出されたからって無理すること全然ないんだから」
「座ってるだけだから大丈夫よ」
暑いから心配しているのだ。人で混み合っているせいか、ますます気温が上がっている気がする。
ステージを見る。
ピンクの浴衣のゆりべこちゃんがまだ頭を揺らしていた。
ちゃんと飲み物持って出たのか?さっきっから揺れてばっかりで全然何にも呑んでなさそうだけど。
ステージに上がる前、ただでなく汗だくになっていた詩音を思い出して一也は不安になった。
「よぅ。お疲れ」
不意に肩を叩かれ振り向くと、加美山がいた。
「この暑いのに難儀だな」
「加美山こそお疲れ。ネイガーとゆりべこちゃん、ありがとな」
律儀に礼を言う一也に頭を振って、加美山はにんまり笑った。
「ああ、いい見物だよな、あのふたり。笑わせて貰ったわ」
成る程、早速詩音を怒らせて来たのだなと察して一也は困り顔で笑う。
これでまた八つ当たりされるんだな、俺が。