第10章 丘を越えて行こうよ
夏祭り当日は晴れ、濃厚な熱気に深く淀んだ星月夜になった。
兎に角暑い。
けれど祭りに繰り出す人の出は盛況、婦人部は氷水の振る舞いを設け、青年部はビールとジュース、冷茶の仕入れを増やして町内の酒屋を喜ばせ、かき氷担当の阿部のおばちゃんは大好きな氷削りに存分に精を出した。
その会場の舞台裏で、地元のゆるキャラ由利牛のゆりべこちゃんがパイプ椅子に腰掛け、足と腕を組んでイライラと貧乏揺すりをしている。
いつもは剥き出しの体に耳につけた髪飾りと揃いのピンクの浴衣を纏い、角を振り立てて運営の一也に文句を言い立てている様子。
「……いいか、一也。この貸しは高くつくからな」
「…うん?いや、そんな、貸しだなんて詩音ちゃん。凄くよく似合………」
「ご先祖様と一緒に茄子の牛に乗りたいらしいな。極楽浄土まで文字通り牛歩の道行を楽しめ、一也」
「…わかった。黙るよ」
「くっそ腹立つ!何やってんだ、アタシは!」
「いや、似合ってるから、詩音ちゃ…」
「だあぁまれぃ!!!黙るっつったんだから黙って黙ってろ、バカ!大体似合ってる似合ってるって全然誉め言葉になってないからな!?何がゆりべこちゃんだ、焼いて食うぞコラァ!」
「自分で着るって言い出したんだろ。俺とゆりべこちゃんにあたるなってば。苦労したんだからね、その着ぐるみ手配すんの」
「顔出したくないんだから仕方ないでしょ!?」
「お面でいいんじゃないの?」
「お面なんかガキンチョにひっぺがされて終わりじゃん!無理!」
浴衣を着た牛がデカイ頭を振り立てて怒鳴る姿はなかなかインパクトがある。
腕を組んで一歩下がった一也が、見るだに暑苦しいご当地ゆるキャラを纏った詩音を見やって首を振った。
「……この暑いのに着ぐるみはマズいと思うよ?やっぱ止めといた方が……」
「煩いな!この格好じゃなきゃやんないからね、司会なんか!」
「悪いと思ってるよ。詩音ちゃんにやらせる気なんかホントになかったんだけど……」
「代わりがいないんだからしのごの言うな!誰もやらないって言えば加奈子さんがやるって言うし!」
「それはまぁそうだけど、詩音ちゃん。言い辛いこと言わせて貰えば、そんなカッコしても中身が誰かなんてすぐ皆にバレると思うよ?反って悪目立ちするよ?」