第10章 丘を越えて行こうよ
「目にゴミが入ったんですよ。あー、痛かったぁ」
アハハハと笑って頬をぴたぴた叩いた詩音に、加奈子は首を傾げて顔を曇らせた。
「…そう?」
「お電話、出ないでしまって失礼しました。お詫びがてらこれから伺おうと思っていたんです。すれ違いにならなくて良かった」
バフッと猫を被って、詩音は取って置きの笑顔をつくった。
「いいのよ。私こそ家が近いんだから、直接話しにいくべきだったわ。わざわざごめんなさいね?」
調子の変わった詩音に戸惑いながら、加奈子も笑い返す。
「そんな。こちらこそご足労させてしまって申し訳ありません」
「電話で話したかったのは、明日の司会のことなの」
そうでしょうとも。ああ、マズイ。間の悪いとこ見られたせいで断れる気がしなくなって来た。
内心頭を抱えながら、それでも取って置きの笑顔は崩さずに、詩音は頷いて見せた。加奈子は百合の花束を抱え直して、何故かはにかみながら話を続けた。
「司会なんてやれる気がしなかったんだけど、でも私……」
「加奈ちゃん!?」
加奈子が言いかけたところで、白の軽バンが止まった。佐藤塗装店。一也だ。
「この暑いのに外に出ちゃ駄目だろ!?」
…急に出て来て何言ってんだ、こいつ。
詩音は呆れた目で一也を見やった。
夏なんだから暑いに決まってんでしょうが。それとも何か。涼しくなるまで出歩いちゃいけないのか、加奈子さんは。
「涼しくなるまで出歩いちゃ駄目じゃないか」
マジでか!
「送ってくから乗って」
たはー、このバカ!加奈子さんちなんかこっから徒歩三十秒くらいだっつの。何なら車乗る間に家に着くわ!
「お祭りのことはもういいから。俺が何とかするから加奈ちゃんは家で休んでて」
お前が何とかするってどうすんのよ。アタシャ知らないよ、バカ一也。加奈子さんと話すのは今ヤバいとか言ってたくせに、何だこの豹変ぶりは。
ムッカつくな!
「ちょっと一也!」
「しぃちゃん、話は後で」
「何だそりゃ。別に話なんかないわ!バカ!」
「なら黙っててよ。今は加奈ちゃんを送ってかなきゃ…」
「そこにあるのは加奈子さんちじゃないの?それとも引っ越したってか、加奈子さん?」
「引っ越したりしてないわよ?」
「ですよねー?バッカじゃないの、何が送ってくだ、アホくさ!」