第10章 丘を越えて行こうよ
丘から風が吹いて来る。
潮と草熱れがそのまま吹き付けて来るような、海辺の丘の熱い風。
三望苑の天辺は草っ原だ。見晴らし台が見える。
「もう少しだね」
「もう少しだよ」
「もうすぐ着くね」
「もうすぐ着くよ」
「何が見えるのかな」
「何だって見えるよ。海も山も川も、僕たちのうちだって」
小さな子供がふたり、手を繋いで歩いている。夏服の裾をはたはたと靡かせた小さなふたりは気持ちよく乾いた洗濯物みたいで、今にも風に拐われて空に飛んでいきそうに見える。
一緒に行こう。
ワクワクした。
この子たちと一緒に。
「いつだって一緒だったじゃない」
気付いたら隣に誰かが居た。
「ずっと一緒だったんだよ。いつ気付いてくれるか、ずっと待ってたんだ」
ずっと一緒だった?
そうかもね。付き合いが長いと、離れてても何処かで一緒なのかも知れない。住むところや心が離れていても、尚。
「じゃあ俺としぃちゃんは何があっても本当に離れることはないね。遠くに住んでいても、誰かと結婚しても」
ええ?何それ、凄いこと言い出すわね。
もう、これだからヤなんだ。幾ら好みじゃなくたって、幼馴染みはチェンジ出来ないもんなあ。
「好みなんかないって言ったじゃない」
それはちょっと置いといて。
「また置いとくの?散らかるなぁ」
うるさいな。アタシは片付けが苦手なの。ちっちゃいときからずっとそう。知ってるでしょ?
「まあいいよ。しぃちゃんが散らかすならその分俺がのんびり片付けながら行くよ」
気持ち良さそうな声。
「ずっとこんな風に歩けたらいいな」
ずっとは無理よ。見晴らし台に着いたら終わり。残念だけど。
「何言ってるの、しぃちゃん。丘を越えたらその向こうに何があるかまだわからないんだよ?」
おいおい、こんだ山でもあるってか?いやいやいや、アタシは登山は好かないよ。
笑い声がした。
小さな一也と詩音が手を繋いだまま、振り向いて笑っている。
「山登りなんかしないよ。歩いてくんだよ。丘を越えても、ずっと」
目尻の皺が見るだに和やかだ。
「こうやって一緒に歩いてけたらいいんだけど」
ペンキの日向臭い匂いが風に交じる。
不快な匂いじゃない。懐かしくて、安心する匂い。
「どうかな、しぃちゃん?」