第10章 丘を越えて行こうよ
「…超常現象だわ…」
「…本調子でないならホラー映画は止めときなよ」
「…そんな話をしてるんじゃない」
「なら何なの、超常現象って」
「もっと怖くて有り得ない話のこと。寝る」
「そうしなよ」
一也が通りがかった自販機で冷たいお茶を買って、詩音に差し出した。
「ちゃんと水分摂って寝冷えしないように」
…やっぱり一也が、情けない幼馴染みではなく、大人の、居苦しくない、好ましい男に見える。
詩音は首を傾げて頬を抓った。抓った分キチンと痛いから、夢をみているのでも狐に化かされているのでもないらしい。
「アンタ、そんなヤツだっけ?」
詩音の問いに一也はきょとんとした。
「何が?自販機で飲み物買うように見えない?俺?」
「そうじゃなく」
「まさか買い食い禁止とか言うんじゃないよね?」
「言わないわ。買い食い禁止とか幾つよ、アンタ」
「じゃあ何さ」
「…何でもない」
淀んだ熱い空気の層の遥か上空に、夏の月が揺らいでいる。
詩音はそれきり、むっつり黙り混んだまま、一也と並んで家路を辿った。
油断すると一也の手をとりそうになる自分を訝しみながら。