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第2章 並


よし。米と味噌と塩。後は要らん。何とかなるじゃろうよ。

頭には、腰に簡便な籠を括り付けただけの恰好で、幾日も屋を空ける十市の姿がある。

荷は少なくしたい。

十市へのおかしな対抗心から並はそう決めていた。

後は何が要るじゃろう。よくよく考えねばならんぞ。先ずは銛が要るな。魚が獲れん事にはどうにもならん。後は敷き栲。うん、枕じゃ。体が痛うても寝られようが、頭が痛くてはやりきれん。それに、あの螺鈿の櫛。あれは間違いなく持って行かねば。

十三の祝いに彦左が自ら渡しに来たその櫛は、ほんのりと不思議な芳香を放ちながら七色に輝く大変に美しいもので、並の一番の宝だった。年に数度しか会えぬ彦左そっちのけで並はこの櫛を周りが呆れる程大事にしていた。
象牙色の地の両面に扇型の螺鈿が埋め込まれた櫛は、彦左の手造り。十市の舟を造ったのが彦左というのもわかる。物造りの才に長けた器用な男だから。

でも何でじゃ?何で彦左があっしを差し置いて十市なんぞに舟を造らねばならないのじゃ。櫛も悪くないが、舟も欲しい。あっしにも船があれば、あの小憎らしい逸れ者に頼み事なぞせんですんだに!

面白くない。
盥に張った水の中で藻ずくはゆらゆら揺れるばかり、朝飯の汁は砂だらけで、並は二姉にこっぴどく叱られた。






室を浄める名目で引きこもり、細やかな荷を作り上げたのが昼飯前。

昼は大人が皆海で忙しく稼いでいるから、子守に家の用を足すかかさまと四姉と甥子姪子、並で朝の残りを食べる。今日は並が汁を台無しにしてしまったせいで、湯だけ沸かしての昼飯になった。

ヒジキと青菜を煮浸した菜を冷え飯にのせ、鉄瓶の湯をかけ回して湯漬けにする。

「今日の並は可笑しげな」

冷えて固くなった小魚をほぐして孫の口に入れてやりながら、かかさまが妙な顔で並を見る。

「朝は早いやら厨の手伝いをするわ、昼餉の支度まで買って出るのだものな」

赤子に乳を含ませた四姉は、かかさまと並を見比べてくすくす笑った。

「あねさま方も今日は槍が振るとて笑っておったえ。男衆のあの驚き顔と言ったら!」

「昼は厨を使わん事もわかっとらん娘が、何の手伝いになろうかよ」

そう言うくせにかかさまの並を見る目は優しい。

「少しは嫁入りの心支度が出来て来たのかの」

「おやまあ!それは彦も驚こうなぁ」

四姉が目を見張って楽しげに言った。
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