第2章 並
並は家で一番の寝坊助だ。
酒を過ごしても朝の漁の為早く起きる男衆や厨仕事に忙しい兄嫁たちは言わずもがな、家中の者が床についてから寝るかかさまや、小さな甥子、姪子たちより尚遅く起きる。
食べて寝て育つ年頃だからと誰も咎めぬゆえ、並は思う様朝寝を貪るのが常だった。
しかし今日はちょっと様子が違う。
らしくもなく早々に床を払うと、賑やかに忙しい厨へ顔を出す。
「やれ、珍しい。並や、今日は随分早い事」
ふくよかな一姉が青菜を刻む手を止めて目を見張った。傍らで糠床を掻いていた小柄な三姉もびっくりして並を眺める。
「こりゃいかんわ。今日は空が荒れるなえ」
「腹が空いて寝ておれんようになったか?夕べあまり食べんでいたものな」
背中に赤子を括り付けて焼いた小魚を反していた器量良しの四姉が、並の顔を覗き込んだ。
「こいつの事じゃ、何ぞ企んでおるのだろうえ。早く起きたなら手伝ったらいいわ。飯は食うばかりが能ではないぞな、並」
丁度裏口から日に焼けた顔を出した二姉が、藻ずくの入った籠を下ろして笑う。
兄嫁の中で唯一海の女であるこの姉は、この里の女らしく男ノ子ばかり三人生している。
他の兄嫁らも山の女らしく、二人の男ノ子を除くと合わせて六人女ノ子をもうけており、並の家は子沢山の大所帯なのだ。
二兄と三兄は近くに家を構えているが、朝晩の飯は親である長の家で食べる。家に戻らず泊まる事も多いから、家はいつも賑やかで叶わない。
「汁の実じゃ。井戸端で洗って来や。砂を噛みたくなくばくれぐれも手を抜かぬ事」
二姉に今しがた磯から採って来たのだろう藻ずくを押し付けられて、並は内心ムッとしたが顔に出すのは堪えた。
確かに企みがある。
今夜持って出る食物の下見に来たのだ。何しろ厨になどほとんど出入りしない並は、何処に何があるかさっぱりわからない。ガタガタと家探しして見咎められぬ様、物の場所とその嵩を確認しようという訳だ。
米は要るな。絶対に要る。
後は味噌に塩···釜や鍋も要るじゃろうか?要る···要るやなぁ。すると杓子や箸もか?何だ?なら飯碗や汁碗も要るのかさ⁉皿に湯呑みも⁉馬鹿言え、そんなもん背負ってったら十市に鼻で笑われるわ!
井戸端できゃっきゃっと戯れ合いながら牛蒡や葱の泥を落とす甥子や姪子を眺め、並はむっつり考え込んだ。