第10章 丘を越えて行こうよ
「何?俺の顔に何かついてる?」
「中身の手配って、まさかお前が入んでねぇべな?」
「…入んないよ。俺が入ったってネイガーになんないだろ」
「なんなかねえだろうけど随分貧相なネイガーになっちまうなぁ…」
「そうはならないから安心して加美山に連絡してよ」
「あー…」
柴田のおっちゃんは煮え切らない様子のまま、ふたりに背を向けて会館の方へ戻って行った。話し合い後の呑み会に再合流するつもりなのだろう。
「大丈夫なの、アレ?」
呆れ顔の詩音に一也は額の汗を拭って頷いた。
「丁度いい機会だからあのふたりには仲直りして貰おう。顔を突き合わせる度にすぐ喧嘩になるんじゃ周りがやり辛くて迷惑だからね」
「あれで仲直りなんか出来る?」
「おっちゃんから折れたと思えば加美山も態度を軟化させるよ。大丈夫だろ」
「大体何が原因でそんな喧嘩になったのよ」
「春祭りに呼んだ演歌の人の好みで割れたんだよ。綺麗系の人と可愛い系の人と、どっちにするか」
「はーッ、くっだらなッ!ホンット男ってヤツは馬鹿ばっかだな!」
「女の人だって大して変わりないと思うけどね。カッコいい男とか整った顔のヤツは詩音ちゃんだって好きだろ」
「見損なうんじゃない。アタシはジャニーズよかトロカデロ・デ・モンテカルロのが百万倍好きだ」
「…やっぱり秋田に行って癒されて来たらいいよ、詩音ちゃん」
「またオカマバーの話しか、このバカ者!しつこいんだよ、お前は!大体トロカデロはオカマの集団じゃない!全うなクラシックバレエ団だ!」
「いや、全うじゃないでしょ、アレは…」
「アタシの好みにケチつけようってか!?」
「詩音ちゃんの好みって?どんななんだよ」
「ハリウッドよりボリウッド…」
「そういうんじゃなく」
切り返されて詩音は首を捻った。
「好きになれば好みだよ。だから具体的なビジョンはない」
「それ、答えになってないよね?」
「本来不躾な質問に答えなんかないのよ。答えになってない答えが貰えただけでも満足しなさい。贅沢な」
肩を突いてやったら、一也は苦笑いした。ただの苦笑いではなく、本当に苦い笑い顔。詩音は頓着なく、一也の背中をバンとはたいた。
「それよりアンタ、ネイガーの中身大丈夫なの?案外アクロバティックじゃん、あのご当地ヒーロー。本当に心当たりあるわけ?」