第10章 丘を越えて行こうよ
「そんなこともあったような気がしないでもないけど、それもまあ置といて」
「さっきから何でもかんでも置きっぱなしだよ、しぃちゃん。散らかってしょうがない」
「うるさいな。じゃ置いとかなくていいけどさ。でも本当にちっちゃいのが走ってったんだって」
「……誰もいないじゃないか」
「だから不思議だなぁって」
「…しぃちゃん」
「怖いねぇ」
「しぃちゃん!」
「何よ、そんな怖いの?」
「早く帰るよ。明日もあるし」
「あーはいはい。腰抜けだね、全く。加奈子さんに愛想尽かされるよ」
「何か勘違いしてるみたいだから言っとくけど、俺と加奈ちゃんは何でもないからね。日曜日のこと気にしてるんだったら…」
「誰がアンタらのことなんか気にするか!一也のくせに生意気な!」
「大人になってもまだそのフレーズをぶつけられるとは思わなかったよ」
「うるさい!誰がアンタらのこと気にするかって、いたよ、ガッツリ気にしてんのが!敏樹だよ!」
「…ああ」
「ああじゃないよ、バカタレ!人の女に手ェ出すならそれなりの筋通せ。こそこそしなきゃないような真似はすんな!」
「こそこそしてなんかないよ」
「じゃあ何なんだ!スッキリしないな!」
「詩音ちゃんには関係ないだろ」
「関係ないってんなら人の目につかないとこでやれ、バカ!」
「こそこそしちゃ駄目なんだろ」
「揚げ足とるな!歯を食いしばれ!五六発殴らせろ!」
「詩音ちゃん。落ち着け」
「これが落ち着いてられるか…って、アタシには関係ないけれど!」
「詩音ちゃんが思ってるような意味で関係ないって言った訳じゃないんだ」
「だから!わかってるんだから調で話すなっつってんじゃん!?アタシが何を考えてるかなんか、アンタにわかる訳ないでしょうが!」
「詩音ちゃんに限らず、誰の考えてることだって本当にはわからないよ」
「だったら余計なこと言うな!」
「わかりたいとは思ってるけど」
「アンタにわかって貰わなくて結構!」
詩音はフンッと盛大に鼻を鳴らしてずかずかと歩き出した。
「お前なんか幽霊に拐われてしまえ」
「祟られるとかならよく聞くけど、拐われるってのは珍しいね」
「珍しがるな!」
「ごめん」
「謝るな!」
「………」
「黙るな!」
「…どうしろってんだよ、詩音ちゃん」