第10章 丘を越えて行こうよ
言ってやった。
詩音はふんと鼻息荒く腕組みして一也を見た。が、一也は顔色ひとつ変えずに肩を竦めただけ。
「さあ。でも加奈ちゃんのことだから詩音ちゃんみたいに夜通しホラー映画観たりなんかはしてないと思うよ」
「いやいや、ああゆう大人しげな人に限ってゲロッゲロでグロッグロのスプラッタなんかがだーい好きだったり……て、そうじゃなく!」
「人のことばかり気になるんだね、詩音ちゃんは。自分の心配した方がいいんじゃないの?」
「アタシの何を心配しろってのよ。自分でも思い当たんないくらいに必要ないわよ、自分の心配なんか」
「ならいいけど。口程強かないからね、詩音ちゃんは」
「何だソレ。気持ち悪いこと言わないでくれる?アタシ、そういうわかってるんだから調で決めつけられんの大ッ嫌いなんだけど、知ってた?」
「知ったか振りする気はないよ。思ったこと言っただけ」
「ふーん。そんな言われても、まぁ変わりなくムカつくだけだわねぇ」
「いちいち怒ってばっかで疲れない?もう少しのんびりしたらいいのに」
「……何さ。どっかで聞いたようなこと言って…」
言いかけて口を噤む。左側の視界を小さな人影がふたつ、走って消える。
「詩音ちゃんはすぐ怒るからな。誰だってそう言うだろ」
違う。
詩音は誰にでもすぐ怒ったりしない。こんな風になるのは、本当に限られたごくごく身近な相手にだけだ。
でもその誰からものんびりしたらいいなんて言われたことはない。怒るなとか、落ち着けとか、口が悪いとかは言われても、のんびりしろなんて誰も言わなかった。
「……一也…」
「…何?」
珍しくしおらしげに目を伏せた詩音に一也が警戒と心配の表情をごっちゃに浮かべた。
「どうしたの?しぃちゃ…」
躊躇いがちに一歩近付いた一也を、詩音が上目使いに見てスッと腕を上げる。ひゃっと首を竦めた一也をよそに、低い声で言ってやった。
「今さっき、アンタの後ろをちっちゃい人影がふたつ通ってったよ?」
左斜めを指差して言えば、一也がひくっと片方の眉を上げた。
「ーいい加減怒るよ、しぃちゃ…」
「いい加減でも本気でもいいけど、アタシはアンタを怖がらせて喜ぶほど暇じゃないわよ」
「ホラー映画見せて怖がらせて喜ぶくらいには暇じゃないか」