第10章 丘を越えて行こうよ
「何だよ、その誤解を招くような言い方はよ。恥ずかしそうにはにかんでなんかなかったろ?普通に乗ってたろ?」
「普通に俯いてこっちを無視してたな」
「…ホラ見ろ。はにかんでねえじゃん」
「他の男の車の助手席で彼氏をマル無視って普通かぁ?」
「…ぐッ」
「ぐっぐぐっぐうるせぇな。相談のってやるからちゃんこ行くぞ、ちゃんこ」
「もういい。お前にする相談なんかなくなった」
「あそ。どうせ加奈子さんのことでしょ?いいよ、別に。ちゃんこさえ奢ってくれれば、後はどうでも。特にお前の恋バナなんか鼻くそ並みにどうでもいい」
「は…鼻くそ!?お前ホント口汚ぇのも程ほどにしろよ!?マジで次の貰い手なくなんぞ!」
「しつこい。寂しい従兄弟に変な店紹介するような馬鹿たれにギャーギャー言われたくないわ。オカマバーな、結構根強く一也の印象に残っちゃってるみたいだぞ?アタシにまで紹介しようとしたくらいだ。どうすんだよ、一也が新しい扉をバーンと勢いよく開けちゃったりしたら?おばちゃんが泣くぞ。このヒトデナシ」
「あー、それな!川反のBigTreeって店なんだけど、いい店なんだよ。オナベもいんだぞ?今度お前も連れてってやるよ」
「…お前らふたりは揃いも揃ってどんだけアタシをオカマバーに行かせたいんだ…」
「何かスゲーお前向けの店だぞー?」
「何かスゲー腹が立って来たぞー?」
言い合いながら詩音は敏樹がドアを開けた助手席に乗り込んだ。
「あー、予定が狂った。三望苑に行きたかったのにさ」
ぶつぶつ言った詩音を、続けて車に乗り込んだ敏樹がエンジンをかけながら見る。
「じゃお握りかなんか買って三望苑行くか?いいぞ、その方が安くつくし」
「いいよ…。お前とじゃなぁ」
溜め息を吐く詩音に、敏樹は眉を上げて、それからにやりと笑った。
「何だ。一緒に行く相手の当てがあんのか?」
「別に。一也と行こうと思ってただけ」
「一也とぉ?」
敏樹が尻上がりの声を上げて、車がガクンとエンストした。
「ちょ…、ヘッタクソだな、運転!」
「ああ、悪ィ悪ィ。びっくりしてつい」
「何がついだ。怪我なんかした日には億単位で償って貰うからな」
「誰がお前に億も払うか。それより何よ、一也に誘われたのか、三望苑?」
「いいや。ただアシになって貰おうかなと思っただけ」