第10章 丘を越えて行こうよ
「あんまり一也くんに無理いうんじゃないわよ。一也くんにだって予定があるかも知れないんだし」
「あるかな」
「さあ。多分ないかも…。浮いた話も聞かないしねえ」
「でしょ?」
「でも予定がないのが予定のときもあるでしょう?あんまり人の時間に土足で踏み込まないこと。わかった?」
「わかった」
全然わかってない様子で浴室へ向かう詩音の背中を母のついた溜め息が追う。
「いつまでも子供のままじゃないんだから…」
そんなのわかってますよ。浮気されて離婚する子供なんていないでしょうが。
でも確かに、久し振りに実家でゆっくりして、お盆なんてお祭り気分に浮かされたところへ幼馴染みの一也まで現れたから、我知らずはしゃいでたところはあるかも知れない。
お盆が過ぎたら仕事を探してここでの暮らしの先行きを考えなければならない。
「ちゃんとわかってんだから、安心してよ」
ピアノを教えて口を養うのが無理なら、保育士の資格を活かして幼稚園か保育園で働く手もある。ここで何が出来るかわからないが、働かざる者食うべからずは何処に行っても一緒なのだから、稼げるところで稼ぐまで。
ピアノ教室が軌道に乗るまではコンビニやファミレスの厨房、本屋や百均でも働いていた詩音だ。すぐ思った通りの仕事につけるものでも、それがうまく行くものでもないことも知っている。
「気合い入るわ。頑張んなきゃね」
鼻息も荒く呟いた詩音は、また足を掻いて顔を顰めた。
「…覚えてろよ、一也め。アタシの足は高くつくんだからな」