第10章 丘を越えて行こうよ
子供の頃、家族で出掛けたハイキングで一也と一緒に展望台を目指したが途中で見つかり、こっぴどく叱られた。それ以来三望苑は鬼門になっていたように思う。
警戒した親たちはそれきりふたりを三望苑に連れて行かなかったし、中学高校に上がってからは部活や付き合いに忙しくてハイキングどころではなかったから、自然に足が遠退いたのもある。
「…何時でも行けると思うと反って足が向かないんだよね…」
泣いて行きたがった小さな詩音を置き去りに、詩音は大人になっていった。進学のために隣県で独り暮らしを始め、在学中に武洋に出会い、そのままそこで嫁入り、三望苑のことなど思い出しもしなかった。
「よし」
詩音はひとりで頷いた。
「良い機会だから行ってみるか。三望苑」
今日は日曜だから佐藤塗装店も休みだろう。一也に乗せて貰って三望苑に行こう。
ふと一也は三望苑の展望台に行ったことがあるのだろうかと思った。
一緒に行き損ねた展望台に、アイツはアタシを差し置いて行ったりしてるだろうか。
「地元だし、行ってないことないか」
詩音はムッとして足を掻いた。一也め、人をこんな目に遭わせておいて生意気な。
素手で戦うには多勢に無勢、蚊取り線香をつけたまま部屋を出る。もう一也を縁側に座らせるのはなしだ。
「あらおはよう。もうお昼よ」
台所で素麺を茹でていた母親に声をかけられる。
「お昼?」
居間の時計を見ると、確かに十一時過ぎ。完全に寝坊した。
「昨夜は誰が来てたの?遅くまでぼそぼそ楽しそうにしてたけど」
気付いていたのか。詩音は居間の薬箱からムヒを取り出して足に塗りながら、一也とホラー映画の観賞会をしていた話をした。
「怖がりに怖いもの観せるのって楽しいのよね」
「また人の悪いこと言って」
「タイミング良いところで怖がってくれると盛り上がわぁ」
「一也くんはカモにされたって訳ね。人の好いあの子らしいこと」
「カモはネギも背負って来たから。部屋の冷蔵庫にお好み焼が入ってるから食べてね」
「あれ、一也くんの差し入れ?」
「敏樹の差し入れ」
「パシリ?」
「パシリじゃないって…。いい歳なんだからそういうこと言うのやめなよ」
「詩音に言われたくないわぁ」
「子は親を見て育つってホントねー」
「あらー、アタシが悪いってのー?」
「そうだと思うよー、ママー」