第10章 丘を越えて行こうよ
「わぁ!何が大丈夫だって!?」
ガバッと起き上がったら、床についた手がズルッと滑った。詩音は汗だくで体に掛かっていたタオルケットを投げ飛ばした。
夏の朝日が燦々と部屋を照らしている。物凄い暑さだ。慌ててエアコンの電源を入れる。詩音は額の汗を拭って冷蔵庫から引っ張り出した水を煽った。危ない。危うく寝たまま昇天するところだった。
朝からいきなりデッド・オア・アライブと来た。
「暑い暑い暑い!何だこれ!」
大体どうして床で寝ているのか。
部屋を見回すと、キチンとまとめられた空き缶と重ねて置かれた皿、きっちり閉められた窓が目に入った。
「…おのれ。一也の仕業か」
この暑いのに律儀に窓を締め切って、ご丁寧にタオルケットまで掛けていってくれたらしい。
「アタシを蒸発させる気か」
ぶつぶつ言いながら何の気なしに脹ら脛を掻く。
「う?」
ぼこぼこした感触に違和感を覚えて視線を落とすと、みっちり蚊に刺されて火山帯のオフロードもかくやの惨状を呈した脹ら脛が目に入った。
「わー!わー!!わー!!!何これ!何こんな食われちゃってんの!?嘘でしょ!?き、気持ち悪いィィ!!!」
耳元でプィーンと勘に触る音がする。
「たぁッ!」
バチンと合わせた手を開くと、たっぷり詩音の血液を飽食したらしい蚊が息絶えていた。
「お前が犯に…」
言いかけた耳に再び勘に触るか細い音が届く。よくよく耳を澄ませば敵は複数匹の気配。
どうやら一也は多頭の蚊と共に詩音を部屋に閉じ込めたらしい。
「か、かかか、か、かあぁずーやあぁぁぁあ!!!」
ホラ見ろ、ちっとも大丈夫じゃないじゃない。
ーて、何が?
詩音は首を傾げて動きを止めた。
夢をみた。
どんな夢だった?
何処かへ行こうとしている夢。もうずっと行きたかった筈の場所へ行こうとしている夢。
誰かと一緒に、手を繋いで。
ワクワクしていて安心していて、何の疑いもないまっ更な気持ちで、何処かを、誰かと目指す夢。
開けっ広げで自由な心持ちがまるで子供のときのようで気持ち良かった。
「…三望苑…?」
ふと呟いて、詩音はバチンと手を合わせた。
「…そう言えばアタシ、あそこの展望台に行ったことないな…」