第10章 丘を越えて行こうよ
「オカマバーがNGワードなんじゃないって。矢鱈熱心に勧めて来んなっつってんの!大体傷心の女性をオカマバーで慰めようとする意味がわからん…」
「女の人より女らしいって聞くよ。聞き上手だってもいうし、今の詩音ちゃんには打ってつけ…」
「わーかった。わかったから。もういい。いいからちょっと上がって来なよ」
「……は?」
突然誘われて一也はさぁっと青くなって、それからじわっと赤くなった。
詩音は窓枠に肘をついて笑い出した。
「お好み焼食べてけって言ってんの。ビールつけたげるから。アンタ呑み損ねたでしょ」
塀の天辺から覗く一也の軽バンの頭を見て、詩音は窓辺から退けた。
「ついでにホラーでも観ようかね。夏はビールとホラーでしょ」
「ホラーはあんまり得意じゃないんだよ」
呟く一也に詩音はにんまり笑った。
「知ってるわよ。だから誘ってんじゃない」
「夜に女の人の部屋に入るのは気が進まないな…」
「なーにをいっちょ前に。アンタとアタシじゃどうにもなりようがないんだから安心して上がりなさいよ。間違っても押し倒したりしないからさ」
「そういう問題じゃなく」
「正直このまま寝ても滅入りそうだから誘ってんの。変な意味はないんだから、上がりなよ。アタシは明日も元気に目を覚ましたいのよ。ぐずぐずしないで」
「…なら縁側に回るよ。そこで付き合うから」
頑なな一也に詩音は肩を竦めた。
「蚊に刺されても知らないよ」
「いんだよ、蚊くらい」
真面目に答える一也を見て、変わらないなと詩音は内心苦笑した。弱々しく見えて自分の意見を曲げないのだ、こいつは。昔からずっと。
「加奈子さん、司会やってくれるって?」
部屋付きの縁側のある方の窓を開けながら尋ねると、一也はまた口籠った。
「あー…、ちょっとうまく聞けなかった。そういう雰囲気じゃなかったし」
何だ、それ。どういう雰囲気だ。
「…ふぅん…」
一体何の話をしていたのやら。
煮えきらない一也にカチンとしながら、詩音はベッドの横の小型の冷蔵庫を開けた。
「まあ頑張ってよね。青年会が司会をやるのが決まりなんでしょ?他に頼めそうな相手はいる訳?見たとこ皆町内の役付きだから忙しそうで、とても頼めたもんじゃない感じだけど」
「ひとり暇そうなのがいるにはいるんだけど…」
「…アタシのことじゃないでしょうね?」