第10章 丘を越えて行こうよ
一也が加奈子の方を気遣いながら小声で敏樹と詩音を諌める。それで今度は詩音がムッとした。思えば昔から一也は大人しくて綺麗な加奈子には優しかった。
「変に気を遣ったら反って失礼よ。何ならこっちに呼んで…」
「詩音ちゃん」
「何」
「丁度いいから、加奈ちゃんと夏祭りの打ち合わせして来るよ。ちょっと待ってて」
席を立って加奈子の方へ向かう一也のヒョロヒョロした背中を見送って、詩音はますますムッとした。
何が女の人は苦手だよ。一也の癖に生意気な。
「ぶすくれても駄目だぞ。一也だってもう子供じゃねんだ。お前の思う通りにゃならねぇよ」
俊樹に言われて詩音はにっこり笑った。
「私がそんなこと思ってるように見える?」
「見えるも何も、お前はそういうヤツだろ?」
「…あのねえ。あれで一也は思い通りになるタマじゃないのよ。生意気な事に」
「タ…タマ?お前、上品そうな顔してホント相変わらずだな…」
「アンタら相手に猫被ってもしょうがないしねぇ…。女と射程内の男以外ないも同じだ。気なんか一個も遣わん」
詩音は俊樹の出したビールをみるみる呑み干して、タンとジョッキをテーブルに置いた。
「おかわり」
一也と従兄弟の俊樹は学区違いで学校こそ違えど、盆暮れ正月毎週末、うちが商売をしている関係で何かと一也のうちに泊まりに来ていたから詩音とは準幼馴染の関係だ。
「女と射程内の男以外ないも同じか。…ゴルゴだな…」
にやにやする俊樹に詩音は顔を顰めた。
「ゴルゴじゃねぇし」
「ゴルゴだって」
「しつこいな。せめてプーチンにしろっての。プーチンいいよね、プーチン。あれはいい男だ」
「プーチンなぁ。じゃあ何でよりによってオバマみてぇな男と結婚したのよ」
「ぶはッ、オバマか!オバマはいいな!成る程、オバマだったかもな!上手いこと言いやがって、俊樹のくせによ!あははははは!」
「酒回って来たかー?どんどん素が出て来てんぞー」
「こんなもんじゃ全然」
タンと二杯目を空けて、詩音はチラリと一也と加奈子の方を見た。
一也がただでさえ情けない下がり眉をますます下げて何やら困った様子でいる。
ふん。ザマをみなさい。せいぜい困ったらいんだよ。アタシをほっといて加奈子さんとこ行ったのはアンタなんだからね。苦手な女の人とたっぷり話したらいいじゃん。