第10章 丘を越えて行こうよ
一也の従兄弟、敏樹の店は駅前にある。駅前と言ってもここの駅前は、飲食店もまばらなひっそりとした文字通り"駅前"でしかない。繁華街はもう少し西寄りの寺町の辺りにある。駅から寺町まで徒歩三十分、繁華街の恩恵は駅前まで届かない。敏樹が親から継いだお好み焼き屋はそういう立地にある小さな店だが、一也とは何もかもが対照的な敏樹の性格のお陰でなかなか繁盛しているらしい。
「おー詩音、久し振りだな!お前出戻ったんだってな?」
八割がた埋まった店内に顔を出した途端大きな声をかけられて、詩音は顔を顰めた。
小学校からサッカーをやり続けている敏樹の店は、予想通りJリーグのグッズとサッカー仲間でいっぱいだ。
「帰りましょう、一也くん」
一也の襟首を引っ張って踵を反した詩音を敏樹が陽気に笑い飛ばす。
「わはは、まぁそう怒んなよ、奢ってやるからさ」
「結構です。今日は一也くんの奢りだから」
詩音がにべもなく言えば、一也は苦笑いした。
「へえ。やるじゃねぇかよ、一也」
にやにやする敏樹に一也の苦笑いはますます苦くなる。が、敏樹は従兄弟の様子など何処吹く風、カエシで鉄板の焦げをガシガシ落としながら、無遠慮に二人を見た。
「詩音とねぇ。ふーん…」
「…だから厭だったんだ…」
呟く一也と敏樹を見比べて詩音は眉を上げた。
「何。私が一也くんとご飯食べちゃ何かおかしい?」
「おかしいなんて言ってねえべよ。お前は昔ッから外面良いくせに短気だったよな」
筋肉質な体によく似合う黒のサロンエプロンの紐を結び直して、敏樹が人の悪い顔をする。
「いいから敏樹、注文…」
言いかけた一也がふと口を噤んで店の奥に目を止めた。
「?どうしたの?」
その視線を追って詩音は目を瞬かせた。
厨房の入り口横、小さな二人席に加奈子がひっそり座ってお好み焼をつついている。
「加奈子さん?よくこんながさつな店に…」
詩音が意外そうに言うと、一也がその袖を引いた。
「詩音ちゃん、声がデカイ」
「がさつな店とは何だよ、がさつな店とは」
敏樹がムッとして腰に手を当てた。
「ここらじゃうちのお好み焼が一番旨ぇんだぞ」
「ここらは他にお好み焼き屋なんかないでしょう。郵政かJR並みの独占営業で何言ってるんだか」
「うわ、ムカつくな。お前」
「二人とも声がデカイ…」