第10章 丘を越えて行こうよ
…キィ、キィ…
「ねえ、ちょっと一也くん?」
「何?あ、詩音ちゃん、加美山と柴田のおっちゃんが揃ったら気を付けて。あの二人、春祭りで掴み合いの喧嘩してから揉めっぱなしで…」
「いや、知らねえし、そんなん」
……キィ、キィ、キィ…
「かき氷の阿部さんは自分じゃ何にも手配しないよ。氷屋さんには俺が連絡しとくから、詩音ちゃんは氷カップ買っといて。去年の余りがあるから、あと八十もあれば足りると思う」
「何も手配しなくても係はやるんだ、あのおばちゃん」
「氷が好きなんだよ」
「…なら氷の手配くらいしたらいいじゃないですか」
「そんな屁理屈は通用しないから」
「へ?理屈⁉あれ今私屁理屈なんか言った?屁理屈?いやいやいや、あらあらあら⁉何か違わない?」
「町内会だから。色々問答無用だから」
「納得いかねぇ!」
「いんだよ、納得いかなくても夏祭りが無事終われば」
詩音に渡されたコピー紙を捲りながら、一也はあっさり言った。
昼下がりの小さな児童公園。
ベンチさえないささやな懐かしい遊び場で、並んでブランコを揺らしながら、温度差のある夏祭り会議を進める二人。
「にしたって、何でここで打ち合わせ?小学生じゃないんだからさ、もうちょっとマシなとこ行かない?」
襟をバタつかせて暑がる詩音に一也はにっこりした。
「女の人とどっか行ったらデートになっちゃうだろ。いんだよ、俺と詩音ちゃんならここくらいが」
「…どういう意味よ、それは」
「出戻って早々俺と噂になりたいの?」
「真っ平御免だ」
「だろ。だからこれでいんだよ。それより詩音ちゃん、メインのネイガーショー、時間足りないよ、これ。二十分は尺見た方がいいから。婦人会の輪踊りと若草会のフラね、これも尺見て。後は削って削って、ラストの老人会まで持ってけば、じいちゃんばあちゃんたちが勝手に〆てくれるからさ。進行は?詩音ちゃん?」
「加奈子さん」
「加奈ちゃん?加奈ちゃんやるって?」
詩音のあげた名前に一也は目を瞬かせた。
加奈子は二人のひとつ上、色白で綺麗な日本人形のような顔立ちをした大人しい人だ。
独身でずっと地元にいる加奈子は、医者の父と役所勤めの母の暮らしをこまめに家事手伝いして支えている。