第2章 並
煙を吐きながら十市は投槍に笑った。
「何とでもしたらいい。わしには関わりない話だ」
もう一度、念を押すように繰り返して口を噤む。並はしかめ面で首を振った。
「何の。それが大ありでな。その相談に来たのじゃ」
「断る」
言下に言い切って十市はガツンと煙管の雁首を囲炉裏の縁に叩き付けた。
「話も聞かんで何じゃ。気の悪い奴め」
鼻白む並を十市は鼻で笑った。
「どうせ良いようにわしを使う気だろう。わしはお前の片棒は担がぬよ」
「あっしが可哀想とは思わんか」
「馬鹿」
十市は呆れ返って顔をしかめた。
「本気でそう思うか」
「好いてもおらん男の子を産む為に行きたくもない山に嫁がねばならんのだぞ!大体あっしは海から離れたら死んでしまう!海で産まれて海で育ったんじゃぜ⁉山なんぞで暮らせるか!!」
「そうして幸せに暮らしているこの里の女を幾たりも山で見るぞ」
静かに言って次の煙草を燻らせる十市に並は目を吊り上げた。
「あっしをそいつらと一緒にしなすな!あっしはそんな連中とは違うんじゃ!」
「どこが違う。わしにはよくわからん」
「わからんのか⁉あっしは海の側に居らねば死んでしまう!海が好きなんじゃ!」
「好きなものは誰にでもある。だが、それがなくて死ぬものは少ない」
いきり立つ並をあっさり流して十市は目を細めた。
「山に嫁いだ女が海を嫌っていたと思うか。連中は海を恋い慕いながら山に親しんで暮らしている。山から海に嫁ぐ女たちもまた然りだ。お前の兄嫁たちは不幸せな顔をしているのか?だとすればお前の兄弟はどう仕様もなく不甲斐ないのだろう」
「あねさま方は皆楽しく暮らしておる!うちの悪口は許さんぞ!」
「ならばお前も山で楽しく暮らせる筈だ。悪口など言わぬよ。もう去ね。お前と話していると疲れる」
「舟を出せよ!」
並の一声に十市は煙管を口から離した。
切れ長の目が、突き放すものから冷たいものに変わる。
「舟か」
「沖神島に行きたいんじゃ。あそこに行けば誰も追って来られん」
「話にならん」
「何故」
「何故?はあ、ならば問うが、ひとりで飯も炊けぬお前が人の寄り付かぬ神領地でどうして生きるつもりだ?あの島には里の者は絶対に行かぬぞ?つまり、お前の気が変わって帰りたいと思っても、迎えは来んという事だ。わかるか?馬鹿な真似は止めておけ」