第8章 はんぶん コルハムの語り ーセタとマッカチー
身が震えた。
ここには私の興味を惹くものがこんなにも集まっている。
ふたつでひとつのオロチョンポンセタ(勇敢な子犬)とノンノ(花)のようにピリカなマッカチ。
夏生まれの珍しいアイアイネ(甘えた)なエペレ。
オアルニカプ(臆病者)でニッネカムイ(怠け者)のキムンカムイ。
ウェンペのくせにビリビリぐいぐい目を惹きつける、イメル(稲光)みたようなシサムのピリカクレ。
何て朝だ。
「揃いで耳無しになっちまったなぁあ!チマァ!」
汐崎ニシパがキムンカムイの一撃を倒れ込んで避けながら叫ぶ。
「生きてるかぁ!?ガキィイ!!」
ネツがキムンカムイに弾き飛ばされた。チマより遠くに飛んで木の幹に衝突するが、一声も上げない。縺れるように立ち上がると動かぬチマを気遣わしげに一瞥して通り過ぎ、汐崎ニシパにのしかかるキムンカムイへまた飛び付く。
汐崎ニシパはキムンカムイの口にマキリ(猟刀)を噛ませ、押し返しながらネツを笑った。
「お前程度じゃ助けになんねんだよ!失せろ犬ぅう!!!」
チマがピクリと動いた。
「…ネ、ツ…」
「痛えのう!死にたくねぇなあぁぁああ!!!!」
今や腕に齧り付かれだらだらと滴る血に顔を濡らして、まだ汐崎ニシパは笑っている。このオッカヨは多分、笑いながら死ぬ性だ。ひとりで仄白く灯っている。
「ネツ…ッ」
耳を押さえてチマが起き上がりかけた。指の隙間から血がドクドク流れ出ている。
朱い灯火が火を噴いたように立ち昇った。
ネツだ。
ネツが火の塊のようになってキムンカムイに跳びついた。汐崎ニシパに迫る鼻先に噛み付き、狂ったように首を振る。ニシパが開放されて横に転げた。潰れた草や朽木の匂い、染みつく朝露、ウララのトイソッソポ(泥)。
ニシパは脇腹を押さえながら立ち上がり、チマに駆け寄った。
ネツはキムンカムイの鼻先を噛み千切って跳ね跳び、着地と同時に後ろ足で下生えを蹴って跳び、再びキムンカムイの、今度は首元に噛み付いた。朱い灯火は消えない。火そのもののようにネツを包んで燃え盛っている。その火は真っ直ぐチマに繋がり、弱々しくなりがちな彼女の灯りに力を注いでいた。