第8章 はんぶん コルハムの語り ーセタとマッカチー
汐崎ニシパは呆れ顔をした。
「理屈なんて言葉を知っていてクソもガキも知らんのか。上品な事だな。馬鹿馬鹿しい」
「…汚い言葉か…。あなたたちの汚い言葉なら、習わない決まりになっている」
チマが顔を顰める。それを見たニシパは呆れ顔のまま笑った。笑い皺が寄ると、目尻にも傷痕が浮かび上がる。
「チマ(かさぶた)だのオソマ(クソ)だのそれこそ汚え幼名をつけたがる連中にそう言われてもな…」
落ち着かなげに巣穴の周りを嗅いで歩いていたセタが鼻を鳴らした。それを聞いたチマが舌をチチと鳴らしてセタを呼んだ。
「ネツ。こっちへおいで」
ネツ(流木)なんて妙な名だと思ったが、恐らくはこのセタもアトゥイのコタンからやって来たのだろう。チマと一緒に。
「ネツ。おいでよ」
ネツは巣穴の傍から動かない。物言いたげに汐崎ニシパとチマを見比べている。
「退け、セタ。ソイツは俺の獲物だ。俺は今、用有りの上手元不如意でな。キムンカムイを親子で売っ払ってもまだ…」
言いかけた汐崎ニシパは、フとネツを呼ぶチマの横顔に目を止め、眉を上げた。
チマの横顔は幼いながら十分ピリカで、ピリカなだけにニシパの様子がきな臭い。
「…お前、筋の良い顔をしてるな」
「…スジ…?」
「ピリカメノコ(美人)だと言っているんだ」
チマがまた顔を顰めた。
「嬉しくない」
汐崎ニシパがにやりとする。意地の悪い顔だ。
「ははぁ、むしろその顔で苦労してるクチか。だろうな。シサムもアイヌも女に変わりはない。焼き餅というヤツだ。馬鹿らしい」
「焼き餅?知らない」
「焼き餅も汚い言葉かね。恐れ入るな」
「恐れ入る?」
「言っとくがそりゃ汚い言葉ではないぞ」
「綺麗な…」
「綺麗な言葉でもない。綺麗か汚いかだけで何でも区別がつくと思うな。全くこれだからガキってヤツは…」
舌打ちした汐崎ニシパがいきなりバッと銃を構えた。
「え…ッ!?」