第8章 はんぶん コルハムの語り ーセタとマッカチー
こういうところ、自分はどうしようもなく雨垂れと感じる。目先に捕らわれがちだ。油断すると大局からすぐ気が逸れる。
やれやれと情けなく思ったそのとき、巣穴からキムンカムイがズオと身を迫り出した。
樹の隙間から差す赤い陽を背に、大きなキムンカムイがマッカチとセタの上に黒い影を落とす。
咆哮。
木立が揺れた。
威嚇して、しげしげとセタを、マッカチを見遣るキムンカムイの目。まだ様子見の段だ。
静かに下がれ。
走るな。
叫ぶな。
「アヨゥ…ッ」
馬鹿!
マッカチが小さく叫んでセタの首の皮を引っ張った。セタはそれを振り払い、マッカチとキムンカムイの間に踏ん張ってギャンギャンと吠え立てる。
「ネ…、ネツ…ッ、ネツ!」
振り払われた勢いで尻餅をついたマッカチがセタに這い寄った。セタは牙を剥いてキムンカムイを精一杯威嚇している。
マッカチを逃したい一心だ。尾が、迷うように後足の間に入りかけては上がり、上がってはしおたれそうになる。
セタの気持ちを汲めよ。逃げろ、マッカチ。
キムンカムイが足を踏み出した。
いつ前足を振り上げるか、セタもマッカチも既にキムンカムイの間合いに入り込んでしまっている。
ギャンギャン。
尚もセタが吠え続ける。キムンカムイの目がセタに定まった。
「ダメ!シッ!ネツ、ダ、ダメッ!」
駄目なのはお前だ。逃げろ、馬鹿なマッカチ。お前の為に踏ん張ってるんだぞ、そのセタは。
舌打ちしてまた辺りを見回す。
淡風が吹いて、私が構えるプクサ(行者ニンニク)の葉脈の溝に凝っていたウララ(山)のヌプリ(霧)が滑り出した。私の出自を掌るヌプリ(霧)の凝り。
これも吉兆か。
わからないが走るしかない。
葉脈を辿って加速するチュプ(粒)に駆け寄り、滴る既のところでその表面を彈く様に蹴ってセタの尾目掛けて跳ぶ。